海洋における管轄権の拡大
- 排他的経済水域に関して -
(コラム019 2012/01/10)
本コラムは、近年、その傾向を強め続けている「海洋における管轄権(jurisdiction)の拡大」というものが、いかなる意味合いを有しているかを理解する一助として、考察したものを紹介します。
海洋は法的にいえば、伝統的に異なる規則に服する三つの異なる区域、すなわち、内水(internal waters)、領海(territorial waters)及び公海(high seas)に区分されてきた。しかしながら、沿岸国による領海に接続する公海に対する限定的な権利の主張は、従来の構図を複雑化させるに至っている。特に、領海幅員の三海里から十二海里への拡大及び国連海洋法条約中に成文化された領海基線から二百海里という外側限界に及ぶ排他的経済水域は、公海の範囲を大幅に減ずるという効果をもたらした。この傾向を端的に示すものとして「管轄権の進行(creeping jurisdiction)1」
これに加え、下記に示すような、国連海洋法条約の規定と両立し得ないと見なされる沿岸国の主張も現れている。
(1) 十二海里を超える領海幅員の主張
(2) 軍事演習に対する制限を趣旨とする排他的経済水域の主張2
(3) 領海又は国際水域を内水に、もしくは国際水域を領海に取り入れる趣旨の直線基線の採用
(4) 軍艦による領海内無害通航(innocent passage)に対し、事前通告又は事前承認を要求する主張3
(5) 軍艦及び軍用機の進入を禁止・制限する安全保障水域の国際水域上への設定等
これらの中でも、特に排他的経済水域に関する主張は、その地理的範囲の広さに起因する紛争の危険性を内在しているが、すでに顕在化したものもある。ここでは二つの事例を紹介する。
1 米海軍EP-3事件
2001年4月、海南島の南東約六十海里の地点(中国の排他的経済水域上空)において米海軍の電子偵察機(EP-3E)を中国軍の戦闘機(F-8)二機が追跡、うち一機が米機と接触して墜落、米機は機体の一部に損傷を受け中国・海南島の飛行場に緊急着陸するという事件が生起した4。
中国側は、米軍機が中国の国家安全保障に対する重大な脅威を呈することにより、排他的経済水域上空における「飛行の自由」という原則を濫用したものであると主張した。中国の主張は、軍用機による排他的経済水域上空の飛行を国家に対する安全保障上の脅威と見なすという趣旨であった。さらに中国は、国連海洋法条約第301条に言及し、排他的経済水域上空の飛行が沿岸国の安全と平和を害する場合には、「沿岸国の排他的経済水域における権利と義務に妥当な考慮を払う」という同第58条の規定に違反すると主張した5。
これに対し米国は、国連海洋法条約第58条と第301条を連結させることは不適切であること6、偵察飛行は武力による威嚇又は武力行使に該当しないこと、また、中国の排他的経済水域の権利に妥当な考慮を払うという義務にも違反していないことを述べた。
中国の主張は、国連海洋法条約に規定されている排他的経済水域に関する沿岸国の主権的権利及び管轄権を拡大しようという要求の証左と見なされ得よう。
2 サイガ号事件
また、国際海洋法裁判所(International Tribunal for the Law of the Sea)(以下、ITLOS)の最初の事件となった「サイガ号事件(第二判決)7」においては、海洋法条約の下、ギニアが自国の排他的経済水域内に設定された関税区域(沿岸から二百五十キロ・メートルにまで及ぶ。)内で自国の関税法を適用することの合法性についての判断が示された。
その結論は、「沿岸国が排他的経済水域内において自国の関税法を適用する権限は『人工島、施設及び構築物8』に関してのみであり、それ以外には及ばない。」というものであった。
以上のような管轄権拡大(の試み)の傾向は、まず、「海洋の自由」という原則に対抗しつつ、領土自体の拡大というものが、もはや国際法的に不可能となった現代において9、その誘惑(temptation)の海洋への指向10という意味合いで捉えることができよう。また、別の側面においては、「環境保護」及び「安全保障」上の必要による、航行の自由への挑戦とも受け取られ得るものであろう11。
(幹部学校第3研究室長 沼田 良亨)
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1 この用語は「立法又は法執行の主体が、その管理の範囲を公式又は非公式の経路で拡大しようとする傾向」として使用されている。
2 国連海洋法条約が詳細な規定を欠いている分野の一つとして、沿岸国の排他的経済水域における軍事的活動の問題が挙げられよう。
3 2005年現在、クロアチア、エジプト、フィンランド、ガイアナ、インド、韓国、リビア、マルタ、モーリシャス及びモンテネグロが事前通告を要求しており、アルジェリア、アンティグア・バーグーダ、バングラディシュ、カーボ・ベルデ、中国、コンゴ(ブラザヴィル)、グレナダ、イラン、モルディヴ、オマーン、パキスタン、フィリピン、ルーマニア、セントヴィンセント・グレナディーンズ、セイシェル、ソマリア、スリランカ、スーダン、シリア、アラブ首長国連邦、ベトナム及びイエメンが事前の許可又は承認を要求している。
4 この事件の九日前(3月23日)には、黄海の国際水域(中国の排他的経済水域)上で活動中であった米海軍の補助船舶(USNS Bowditch)が、中国海軍のフリゲート艦により捕捉・追尾され、排他的経済水域外へ退去させられている。
5 See, G. Galdorisi & A. Kaufman, “Military Activities in the Exclusive Economic Zone: Preventing Uncertainty and Defusing Conflict”, California Western International law Journal, Vol. 32 (2002), p. 294.
6 もっとも、第301条は「締約国は、この条約に基づく権利を行使し及び義務を履行するに当たり、武力による威嚇又は行使を、いかなる国の領土保全又は政治的独立に対するものも、また、国際連合憲章に規定する国際法の諸原則と両立しない他のいかなる方法によるものも慎む。」と規定しているだけである。この規定は国連憲章第2条第4項を再記述したものであり、既存の国際法を何ら変化させるものではない。すなわち、国連海洋法条約が海軍関係の諸活動の自由に新たな制約を課すものではない、と見るのが妥当であろう。
7 The M/V Saiga (No.2) Case (St. Vincent and the Grenadines v. Guinea) (International Tribunal for the Law of the Sea 1999) (merits)
8 国連海洋法条約第60条第2項
9 国連憲章第2条第4項
10 See, B. Oxman, “The Territorial Temptation: A Siren Song at Sea”, American Journal of International Law, Vol. 100 (2006).
11 伝統的に海洋法は、共通の利益を達成するために、包括的主張(すべての国の便宜を図るもの)と排他的主張(単一国家の利益を図るもの)との適切な均衡というものを包含してきた。海洋法においては、「共通の利益は公海の自由を維持し、公海における旗国の権利を尊重することにより達成される。」というものが優勢な主張であった。しかしながら、このような中心的動機付けは、「海洋の安全を強化するために多様な措置がとられるべきである。」という最近の主張の下では、もはや完全なまでに適切であるとはいえなくなっている。 N. Klein, “The Right of Visit and the 2005 Protocol on the Suppression of Unlawful Acts Against the Safety of Marine Navigation”, Denver Journal of International Law and Policy, Vol. 35 (2007), pp. 290-1. See also, J. Van Dyke, “Balancing Navigational Freedom with Environmental and Security Concerns”, Colorado Journal of International Environmental Law and Policy, 2003 Yearbook, p. 28.
本コラムに示された見解は、幹部学校における研究の一環として発表する執筆者個人のものであり、防衛省または海上自衛隊の見解を表すものではありません。 |
