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呉音楽隊

呉音楽隊

 海上自衛隊呉音楽隊は1956(昭和31)年の創設以来、広島県下をはじめ、近畿・中国・四国・九州東部において演奏活動を行っています。
 広報演奏のほか、「大喪の礼」「即位の礼」「皇太子同妃両殿下の結婚の儀」等、国家的行事や、海上自衛隊が初任幹部の教育並びに国際親善を図るため毎年実施している遠洋練習航海にも、練習艦隊音楽隊員として参加し、現在までの訪問国はすでに64か国を数えております。
 また、呉音楽隊が所在する呉市幸町の美術館通りは「日本の道百選」に選ばれ、桜やつつじの名所としても知られています。

呉音楽隊長・挨拶 演奏予定 ギャラリー

呉地方隊創設60周年記念委嘱作品「海神(わだつみ)の鐘〜愛と平和の祈り」

 この曲は、呉地方隊創設60周年記念演奏会のために委嘱された作品です。

 冒頭と中間部分において海の音群としてSEA(C、Es、A)を使って音を紡ぎました。

 SEAの音群を用いた時に鐘の音を鳴らすことによって海の音楽を表現しました。

 この曲を書くにあたって、知識が浅かった広島の歴史を理解するために現地に足を運び、海上自衛隊の艦船を間近で見て、呉音楽隊に演奏していただくにふさわしいものになるように資料集めをさせて頂きました。

 委嘱作品作曲者 片岡 寛晶

 「海神の鐘〜愛と平和の祈り」 楽曲ダウンロード

如何に狂風(いかにきょうふう)

 この曲は、平成27年4月7日(火)に呉市上長迫町にある呉海軍墓地にて戦艦大和会主催により行われた戦艦「大和」戦没70年追悼式の追悼演奏で、呉音楽隊が演奏しました。

 昭和20年4月6日、沖縄救援のため、周南市三田尻沖を出港後、前甲板に整列した戦艦「大和」乗組員一同が涙を流しながら最期に歌った曲です。

 ここで戦艦「大和」の乗組員であった「石田 直義」さんの最期の証言をご紹介します。

 昭和20年4月6日。戦艦「大和」は出港して間もなく、総員集合の号令がかかり、当直員以外は全員、前甲板に集まった。副長から作戦命令の伝達があった。

 そして、総員が東を向いて皇居遙拝、万歳三唱、君が代を歌い、各自が自分の故郷の方向を向き、父・母・妻・子供に涙を流しながら、これが最期だと別れを告げた。

 そして、戦友には「靖国神社の白木の箱(棺)で会おう」と涙を流しながら握手を交わした。

 総員2000名が涙を流しながら、いつも歌っていた軍歌「如何に狂風」を歌った。

 これが本当に本当に最期だった。

 「如何に狂風」 楽曲ダウンロード

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