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平成28年度自衛隊記念日記念式典に際しての総監式辞

 
平成28年度自衛隊記念日記念式典に際しての総監式辞

 式辞を述べる前に、一昨日、三笠宮崇仁(たかひと)親王殿下が薨去(こうきょ)されましたので、この場をお借りして、三笠宮家と海上自衛隊とのつながりについて紹介させていただきます。
 三笠宮家と海上自衛隊は深い関係にあり、海軍兵学校52期であった故高松宮親王殿下から故三笠宮寛仁(ともひと)親王殿下に、練習艦隊関連行事であるテーブルマナー講習等における御指導を引き継いで頂いており、昭和45年から海上自衛隊との関わりが続いております。現在は、三笠宮崇仁親王殿下の孫に当たる彬子(あきこ)女王殿下、瑶子(ようこ)女王殿下に練習艦隊関連行事を引き継いで頂き、三笠宮家の方々には、平成7年から21年間という長きにわたり御指導いただいています。
 また、本年2月23日には、瑶子女王殿下が呉で開催された海自剣道大会に、8月30日には、彬子女王殿下が舞鶴の海自水泳大会にお成り頂き、7月5日には、幹部学校において指揮幕僚課程学生に対し「和のこころを知る」という題目でご講義を頂きました。
 今後とも三笠宮家と海上自衛隊とのつながりが深まりますよう、謹んで三笠宮崇仁親王殿下に弔意を表したいと思います。なお、本日の記念行事においては、紅白幕等の装飾品の使用や国歌以外の音楽隊の演奏は、控えさせていただいております。

 それでは、式辞を述べさせていただきます。
 本日ここに、寺田稔衆議院議員、宇都隆史参議院議員、森本真治参議院議員、小村和年呉市長をはじめ、多数のご来賓のご臨席を賜り、平成28年度自衛隊記念日の記念式典を挙行できますことは、隊員一同の深く喜びとするところであります。
 ご臨席の皆様には、平素から防衛省・自衛隊、とりわけ海上自衛隊に対し、深いご理解を賜りますとともに、私どもの任務や業務の遂行、部隊運用や組織運営、あるいは自衛隊員の募集及び再就職などに対し、万事にわたるご支援、ご協力を賜っておりますことを、この場をお借りして厚く御礼申し上げます。
 我が国周辺では、各国の間で経済を中心とした相互依存関係が拡大・深化する一方で、北朝鮮の核・弾道ミサイル開発が重大な脅威として存在するほか、軍事力を広範かつ急速に強化した中国が、既存の国際法秩序とは相容れない独自の主張に基づいて、力を背景とした現状変更の試みを継続させるなど、海洋を取り巻く安全保障環境は一層厳しさを増しています。
 こうした中、昨年、柔軟かつ実効的な日米共同の対応等を骨子とした新たな「日米防衛協力のための指針」が合意され、本年3月には、グレーゾーンを含む平時から有時への切れ目のない対応や、集団的自衛権の限定的な行使を可能とする安全保障関連法が施行されるなど、我が国の防衛政策は、まさに歴史的な転換点を迎えようとしています。それとともに、海上自衛隊の作戦及び後方支援の一大拠点である呉地区の重要性も、今後、益々増大していくものと認識しております。
 顧みれば、海上自衛隊は、64年前の昭和27年4月26日に、海上保安庁の一機関である海上警備隊として発足しました。今ここに我々がありますのは、先の大戦後海軍再建を夢見て海上警備隊発足に尽力された先人をはじめとし、海上防衛に身を賭してこられた多くの先輩が、黙々と周辺海域の安定のために尽くされた傍らで、帝国海軍の良き伝統を継承しつつ、その時々の情勢に応じて変革を成してこられた、弛みない、血のにじむような努力によるものであります。ここに、改めて先人の有形無形の業績に敬意を表しますとともに、我々がその伝統を未来に繋ぐ立場にあることを強く認識する次第であります。
 また、ここ呉においては、明治22年に帝国海軍の呉鎮守府が設置されてから、終戦後、海上自衛隊の呉地方総監部に時代が変わった後も、127年という永きにわたり、地域の方々から他に類を見ない盤石の支えをいただいており、誠に感謝の念に堪えません。我々は、今後とも変化する情勢に柔軟に対応しつつ、与えられた任務を完遂し、国民の負託に応える所存でありますので、変わらぬご支援を賜りますようお願い申し上げます。
 さて、隊員諸君、近年、日本国内では、様々な防衛論議等を通じて、自衛隊への理解が進んでいると思われるが、同時に我々はその信頼と期待を重く受け止めなければならない。私は、我が国を取り巻くこの厳しい情勢の中で、海上防衛の任務を全うするためには、隊員ひとりひとりが、各人に与えられた任務を愚直に完遂していくことが不可欠であると考えている。
 日米開戦前の昭和16年4月、第39代海軍兵学校長草鹿任一中将は、兵学校長着任時に、「軍人としてその職責上絶対必要なことは何であるか、それは勿論「戦いに強い」ということである。軍人の仕事は命を的の戦であるから心に嘘偽りがあってはいざという場合に本当の仕事は出来ぬ。心が正しくなければ事に当たり色々な迷いを生ずる。戦場において迷いを生ずることは戦いに勝つ所以ではない。本当に正直な人は本当に戦いに強い人である」と訓示された。
 草鹿中将は、その後、南東方面艦隊司令長官として終戦までラバウル方面で指揮を執り、激戦を戦い抜かれ、戦後、海軍兵学校写真集の巻頭言において「海軍の伝統精神の真髄とするところは「真の正直」である。心に偽りのない正直者こそが真の勇者になり得る」と述べられた。軍人として如何にあるべきかについて、日米開戦前の海軍兵学校長着任訓示と、自らが指揮官として終戦まで戦地で指揮を執られ戦後残された思いに僅かの違いもないことは、呉地方隊として「真に戦える態勢の構築のための人的基盤、作戦基盤、装備・技術基盤の強化」についての方向性を導出していくために、極めて深遠な意味を持つものであると考える。
  私は、本年7月1日の着任時に、指導方針を「愚直たれ」として諸君に示した。
 「愚直さ」とは、草鹿中将が海軍の伝統精神の真髄とするところとされた「真の正直さ」に相当する「心の強靭さの尺度」であると考える。そして「愚直であること」とは、「非常の際には、己の生命の維持という強烈な自己保存本能にも打ち勝つ任務への献身」、すなわち、危機に直面した時に自分だけは助かりたい、とする気持ちに負けることなく粛々と任務を遂行すること、であり、我々自衛隊員の服務の本旨における「事に臨んでは危険を顧みず、身をもって責務の完遂に務め、もって国民の負託にこたえること」と同義である。
 この「愚直さ」を具現化するための規範として、「最後まで「あ」きらめない」、「物事を「あ」などらない」、「人を「あ」ざむかない」の三つの「あ」から始まる言葉の実践に努めることを、本日、諸君とともに改めて誓い、呉地方隊に必要とされる「愚直さ」を追求していく所存である。
 結びに、本日ご臨席を賜りました皆様のご健勝とご多幸を祈念いたしますとともに、自衛隊記念日に際しまして、帝国海軍の先人、そして海上自衛隊の先輩方が築かれた良き伝統を継承し、更に充実させるべく努力してまいることを、隊員を代表してお誓い申し上げ、式辞といたします。

      平成28年10月29日
         呉地方総監  海 将  池  太 郎


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