第1回 「自衛艦旗について」


 海上自衛隊の艦艇が掲げる自衛艦旗をご存知でしょうか?日の丸から16条の旭光が出ているデザインです。
 自衛艦旗は戦前の日本海軍の軍艦旗そのままのデザインですが、その制定にあたって海上自衛隊の艦旗はすんなりと旧軍艦旗と決まったわけではありませんでした。旧軍艦旗が自衛艦旗となるためには当時の関係者の陰ながらの苦心がありました・・・。

 昭和27年8月、海上自衛隊の前進である保安庁警備隊が編成され、昭和27年10月に白地の中央に赤色の桜花を配し、青色の横じま7本を描いたものが警備隊旗と制定されました。
 昭和29年7月の防衛庁・自衛隊の設置を前に、前年11月から旗章についても全面的に見直されることとなりました。部内から広く意見を徴し、図案を募集しました。また、学者や画家、その他部外の人の意見を聞いたりしました。そして各部隊・機関の意見を集めたその結果、各部隊等の大部分は旧軍艦旗を希望している意見が多いことが判明しました。

警備隊旗

自衛艦旗

 29年4月1日、多くの部隊が希望している旧軍艦旗を採用することについても、情勢はこれを許す状況にはないのではないかとの議論がありました。そこで、直線的、単色、一目瞭然、すっきりしたもので、一見して士気を高揚し、海上部隊を象徴するに十分なものであり、かつ、海上において視認の高いものであることを軸に旗を考案することになったのです。

 東京学芸大学の意見を聞いたところ、「部隊の旗としては、旧海軍の軍艦旗は最上のものであった。国旗との関連、色彩の単純鮮明、海の色との調和、士気の昂揚等、すべての条件を満たしている。」との回答がありました。その後も図案の研究が続きましたが、画家である米内穂豊賀画伯に図案の作成を依頼することになったのです。

  画伯は悩み抜いた末、結論に至りました。
 「軍艦旗は黄金分割による形状、日章の大きさ、位置光線の配合など実にすばらしいもので、これ以上の図案は考えようがない。それで、軍艦旗そのままの寸法で1枚書き上げた。お気に召さなければご辞退します。画家としての良心が許しませんので」

 “画伯の作品”は「創設する海自への影響」「国民感情」などを焦点に庁議にかけられましたが、保安庁長官は裁可したのです。

 自衛艦旗を最終的に承認した吉田茂首相は、こう語っています。
「世界中でこの旗を知らぬ国はない。どこの海に在っても日本の艦だと一目瞭然で誠に結構だ。海軍の良い伝統を受け継ぎ、海国日本の守りをしっかりやってもらいたい・・・。」

 当時の関係者の決断がなければ、自衛艦旗はどのようなデザインになっていたのでしょうか?
 私はその時に決断されていなくても、後世の関係者の尽力により結果的に今日、旧軍艦旗が自衛艦旗として制定され艦尾に掲げられていたであろうと思っています。

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