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災害派遣

阪神・淡路大震災 平成7年1月17日(火)午前5時46分 

 平成7年1月17日早朝、多くの尊い生命と貴重な財産を奪った阪神・淡路大震災が発生しました。
 神戸市東灘区に所在する海上自衛隊阪神基地隊も、幸い人的被害はなかったものの、岸壁を含む基地内の建造物の全てが、使用不能となりました。
 基地もまた大きな被害を受けていますが、優先すべきは救助活動でした。

 派遣部隊を編成して最初に救助に向かったのは、226人。資材はなく、文字通り“丸腰”の状態。軍手こそ持っていましたが、素手で救助にあたりました。

 1月17日夕刻から18日早朝にかけて、震災の報に支援の艦艇が阪神基地隊沖に次々と集結しました。

 道路が寸断されているため救急車は長い距離を走ることはできません。負傷者を一刻も早く病院に運べるのはヘリコプターのほかにはありませんでした。

救援物資においても阪神高速道路などの不通で、陸路での救援物資輸送に限界があるため、海上自衛隊の艦艇・航空機による輸送がおこなわれました。

陸・海・空の連携

輸送艦からおろされた救援物資は、直ちに陸上自衛隊のトラックで被災者のもとに運び込まれました。

陸上自衛隊と海上自衛隊の共同運営による「入浴支援所」も設置しました。

給水も支援しました。

東日本大震災 平成23年3月11日(金)14時46分

 平成23年3月11日の昼下がりに、またしても大きな犠牲を伴う大地震、東日本大震災が発生しました。

 被災地への道のりは、海に流された家屋、船舶などにより、小回りのきく掃海艇でも困難を極めました。

 「くめじま」、まきしま」、そして当時第42掃海隊に在籍していた「つきしま」の3艇は、行方不明者の捜索や救援物資の配達、航路啓開支援などに携わりました。
 被災地の海岸まで掃海艇が入っていくことはできないので、救援物資は洋上でゴムボートに積み込みます。
 海岸でゴムボートから救援物資を陸揚げしてからは、リヤカーで被災者の方のお宅まで運びました
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