震災発災後から4月上旬まで、海災部隊は米海軍とともに、孤立者支援のための調査、
海上からの支援、瓦礫の除去、港湾調査を行いました。また後方支援活動においては米海
軍艦艇に海自連絡幹部を配置し、被災地のニーズに応じた適時の物資輸送を実施しました。
海上自衛隊と米海軍は、長年にわたる共同訓練等によって、総合的な相互運用態勢を
強固なものとしています。各種訓練を通じて確立された調整手続きにより、このような
非常事態にも対応ができたものと考えています。
「まさかの時の友は真の友」とはよく知られたことわざです。今回の震災において、
「トモダチ作戦(Operation Tomodachi)」は大災害という「まさかの時」に、海自と
米海軍が協力するという、パートナーシップを象徴するものでした。
特集の第3弾は、トモダチ作戦の数々です。
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米空母「ロナルド・レーガン」は地震の翌々日(3月13日)には、現場入りしました。 写真は3月13日早朝に実施された、「きりしま」艦上での第1護衛隊群司令部と「ロナルド・レーガン」空母打撃群司令部との震災対応協議の一幕です。 |
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護衛艦「ひゅうが」飛行甲板上で、「ロナルド・レーガン」搭載の米海軍ヘリコプターから届けられた救援物資を運び出している様子です。 「ひゅうが」には米海軍より救援物資が連日届けられました。 |
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「ロナルド・レーガン」は、戦闘機や早期警戒機等を持っており、これらの偵察活動により孤立した被災地区を発見し、ヘリで現場に降りることにより確認・捜索を行いました。 写真は「ロナルド・レーガン」から寄せられた情報を元に、孤立した被災地区へ着陸し、状況確認を行っている第1護衛隊司令篠村1佐と米海軍第15駆逐艦隊副司令シュルツ大佐です。 |
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米海軍では、日本語で作製した質問状をもって被災地の方々に「孤立していないか?」「必要な支援は何か?」等の確認を実施し、それを持ち帰り、米軍スタッフ及び米海軍艦艇に派遣された海自連絡官の翻訳により、必要な物資選定、被災地へ届けていました。 写真は被災地へ届けられた米軍の非常用糧食の説明をする米海軍士官です。 |
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「ロナルド・レーガン」艦内で状況を確認している第1護衛隊群司令です。 状況の推移に応じ、適切な情勢判断をするため日米の指揮官はテレビ会議や相互訪問等で連携を密にしました。 |
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「ロナルド・レーガン」艦上では、「ロナルドレーガン」空母打撃群指揮官のギリアー准将と被災地支援に関する対応を協議しました。 |
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「ロナルド・レーガン」を訪問した際に、海上自衛隊を代表して、乗組員に感謝の意を伝えました。 乗組員の右腕には「オペレーション・トモダチ」のシンボルワッペンがつけられています。 |
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護衛艦「ひゅうが」で実施された日米会議の一幕です。右側は佐世保所属の揚陸艦「エセックス」に司令部を置く、米海軍第76任務部隊(CTF76)の指揮官、ジョーンズ准将です。震災後、マレーシアから駆けつけてくれました。 会議では、インフラが大打撃を受けた宮城県の気仙沼大島に、支援物資やインフラ修理器材を運ぶための協議を行いました。 |
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気仙沼大島に対し、米軍揚陸艇による上陸・物資輸送を展開するため、陸海自衛隊、米海兵隊及び自治体による調整及び現地調査が実施されました。 |
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沖縄に在籍し、CTF76と連携をとっている米第31海兵隊遠征隊は、LCUと呼ばれる揚陸艇で気仙沼大島に上陸、救援物資をはじめ電力復旧に必要な人員器材を運びました。 |
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揚陸後、気仙沼大島の皆さんと物資をリレーで運ぶ米海兵隊員 |
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海上自衛隊移動衛生班と米海兵隊医療チームとの共同で、現地ニーズに即した医療支援を実施するべく被災地における医療支援を実施しました。
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被災者救助及び被災地支援に尽力してくれた「ロナルド・レーガン」は、次なる任務のため、4月4日に現場海域を離れました。「ひゅうが」では上甲板に整列し「THKS!(サンクス)」の人文字でこれまでの感謝を表しました。 |
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揚陸艦「エセックス」の見送り時の一コマです。レーガン同様に人文字を作って感謝の意を表しました。 |
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佐世保での記者会見で、本活動の概要説明を実施するジョーンズ准将と第1護衛隊群司令 本活動における米海軍と海自のチームワークは同盟が強固なことを示すものである旨コメントしました。 |
第1護衛隊群は、今後とも各種訓練等を通じて海上自衛隊と米海軍の相互運用能力をさらに
高めていく所存です。