優秀賞:三浦瑠麗

主題

①新たな脅威や多様な事態への対応に関し防衛庁・自衛隊に期待すること

副題

備える平和の実現に向けたリーダーシップ -民間協力と官庁間協力のさらなる推進-

本文

「備える平和」論

 後世の人間は現代をいかなる時代と呼ぶだろうか。第二次世界大戦後なのか、冷戦後なのか、はてまた9.11テロ後なのか。我々は、直近の出来事に即して時代を解釈しがちであり、常に現在に対する解釈は揺れ動く。
 日本は、冷戦に勝利した先進民主主義諸国の一員であると同時に、東アジアに色濃く残る冷戦秩序の中にあり、他方でグローバル化と相互依存の進んだ世界で生きている。
 アメリカを始めとする先進国では、冷戦後、多発する地域紛争への積極的な介入が求められる一方で、紛争介入に対する民間の態度は圧倒的な「CNN効果」に規定される。9.11テロ後、あらゆる防衛軍はいかなるテロ対策があるのか問われる一方、米国とさえ手を組まなければ安全だと考える短絡的な志向も一部に見え隠れする。
 このような解釈の困難な世界で、新たな脅威や多様な事態に対処しつつ平和を享受するためには、今一度、安全保障の原点たる「備える平和」の概念に立ち返るべきではあるまいか。
 「備えあれば憂いなし」という言葉がある。私は、「平和」というものは日々有事に備えつつ勝ち取っていくものだと考えている。「平和国家」日本とのイメージは、戦後日本の国民アイデンティティを象徴しているが、その平和をいかに現実的に達成していくかとの議論は、国民レベルでは乏しいままである。本稿が提唱するのは、「平和国家」という理念を、より新たな脅威や多様な事態に「備える平和」として現実化することであり、その実現に向けた防衛庁・自衛隊のリーダーシップである。
 「備える平和」に向け必要とされる試みは、自衛隊の防衛能力を高めることと、民間協力・官庁間協力を通じ日本全体の防衛意識や能力を高めることの二点である。第一の自衛隊の防衛能力の向上とは、具体的には同盟国との連携における備えと、地域の安全保障への備えである。そのためには、的確な安保戦略に基づいて、いかに効果的に防衛・防衛協力を行うかが重要であり、効果的な組織編制の見直しと日々の訓練が欠かせない。
 第二は、従来の防衛庁・自衛隊が行ってきた防衛能力向上のための試みを、官庁間協力および民間との協力を通じて広げ、日本全体の防衛力の向上に努めていくことである。そのためには、他省庁や民間の防衛問題に対する知識と理解を求めていかなければならない。

同盟と地域における「備える平和」を目指す

 まず、防衛庁・自衛隊自身の取り組みとして、「同盟」と「地域」における「備える平和」を目指すべきであろう。米国との適切な連携のための体制整備とともに、必要な防衛力の設計や各国との防衛協力推進を含んだ、地域の安全保障のための取り組みが必要となる。
 本稿は、従来の日本における自主防衛か同盟かという論争が過去のものとなったという認識に基づいている。現在、同盟国同士の統合運用は基本的な潮流である。在日米軍再編では、司令部を含めて両国の統合運用能力を高めることが大きな課題である。今後は、米国との連携を効果的なものとする一方、自衛隊の能力を高めて現在の脅威レベルと種類に即したものとする努力が求められる。
 同盟における「備える平和」の取り組みには多くの課題がある。統合運用のための方策を練り上げ、訓練する必要は無論のこと、最先端技術と巨大な国防予算を投じた米軍との協力は、技術的な意味でも困難が待ち受けている。米国に限らず、先進各国は国防技術の進化や情報革命により、戦略から軍の編成までを見直す共通の課題を抱えている。ステルス等の開発によりエアパワーの持つ威力が大幅に拡大、情報革命は瞬時の意思決定と攻撃目標転換・指示を可能にした。このような技術革新は必然的に政軍関係のあり方や軍の統制のあり方までも変えてしまう。米軍の行動様式や政軍関係が変革されていく中で、同盟国として統合可能な体制整備が急がれる。
 日本の陸・海・空の防衛において、陸は本土への侵略のほか、原子力を含めたテロ攻撃等を撃退するための陸および上空からの対処、海は隣接水域の防衛およびシーレーンの安全確保、空は対ミサイルを含めた防空等が典型であろう。もちろん、今後のオペレーションにおいては、三自の統合運用の要請に効果的に対応しなければならない。本稿では、しかし、議論を今一歩進めて、真に「備える平和」を実現するための新たな方策を提唱したい。

民間協力と官庁間協力の推進

 防衛は、自衛隊のみによって達成されるものではない。テロの脅威にさらされる今日、また最近のアメリカにおけるハリケーンの人災的側面からいっても、危機管理全般における官庁・政府間を越えた協力、民間協力がぜひとも必要となる。台風・地震大国である日本も、これまでの危機管理での協力体制や意思決定過程が批判にさらされたことがある。
 我が国では、歴史的背景もあり、国家安全保障に関しては主に防衛実務を中心に検討され、民間協力の推進や安保政策に関する防衛庁の直接的なリーダーシップは回避されてきた。
 もちろん、民間の防衛意識を高めると言っても、徒に一般市民の恐怖心を煽ることは百害あって一利なしである。しかし、戦争やテロの脅威が観念される世界では、国家安全保障に対する国民的思考なしには却って民主主義制度そのものが不健全となる恐れを免れ得ない。いかに市民社会を尊重して、民間との効果的な協力を行うかは、自由主義社会における防衛制度の核心である。
 民間の防衛意識を高めるという点で興味深いのが、スイスの『民間防衛』ハンドブックである。戦後、日本の多くの人が憧れた国、中立国スイスだが、このような民間の防衛意識と軍隊による抑止力でその安全保障が保たれてきたことは特筆に値する。自衛隊の任務の性質と異なり、民間の防衛意識は災害時であろうとテロ時であろうとそこまで変わりがある必要はない。重要なのは、自衛の意識を国民や地域の組織が持つことであり、そのような意識こそが自由主義に基づく社会の価値観を保護することに繋がるというべきである。
 冷戦後のアメリカでは、シビルとミリタリーとの価値観のギャップに関する論争が注目を集めた。アメリカのリベラリズムは、時に軍の市民社会からの異質性の是非を問う。当該論争の適否はともかく、このような論争の際に見受けられる将校らの積極的かつ熱心な議論への参加からは、民主主義社会の成熟度が伝わってくる。ある程度市民の日常の価値観との摩擦を前提とした上で、このような自由闊達な議論を通じて真に自由な社会が形成されるのではないだろうか。
 安全保障を確保する上では官庁間協力は不可欠である。現在、自衛隊は災害復旧活動等を国内で展開しているが、テロ等の事態に止まらず、都心での大規模災害時等、被害拡大を食い止めることが最大の課題となる場合に、いかに官庁間協力を行うかという問題が制度・運用両面で生じる。その過程では、いざというときに防衛庁・自衛隊がリーダーシップを発揮することが不可欠なほか、スムーズな協力確保のため、他省庁も巻き込み訓練をより広範・頻繁に展開していくことが重要となる。その際に重要な視点は、日本の行政に特有な法律的効果を議論の中心とせず、具体的な効果に着目したリアルな対策を防衛庁・自衛隊が中心となって構築していくことである。
 平和維持活動が本体任務に格上げされたことは、日本の国際貢献にとって重要な一歩であった。同時に、自衛隊のPKO任務は「備える平和」実現に向けた良き訓練でもある。国際貢献活動には、統合運用、同盟国との調整、現地での民間協力体制構築等、実際の部隊行動の観点から基礎的で重要な課題が含まれている。現在、内閣にPKOのための対策室と専門研究員が設置されているが、このような体制は国内での民間協力推進に向けても不可欠であろう。

まとめ

 本稿は、防衛庁・自衛隊がこれまで尽力してきた防衛実務的な「備える平和」実現の試みの一層の充実に加え、より効果的な民間協力、官庁間協力の実現に向けた防衛庁のリーダーシップを提唱してきた。具体的には、安全保障問題に対する議論の喚起、大規模災害をも視野に入れた防衛意識の啓発、万が一に備えた訓練を通じた官庁間協力・民間協力の追求などである。
 「備える平和」の実現のためには、ミサイル・ディフェンス等の先端軍事技術を含め、自衛隊に関わる目的と備えの対応を研ぎ澄まさねばならない。その過程では、統合運用の促進等先進各国が共通で抱える課題への対処も必要となるが、その課題を効果的な安全保障のみならず健全な政軍関係の観点からも検討していくことが重要である。防衛庁・自衛隊に求められることは、納税者に対する説明責任にとどまらない。真に重要な試みは、自由な市民社会における国家の防衛はいかにあるべきか、国民的議論を喚起し、変革をリードしていくことである。

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