マモル(広報誌)2012年5月号

 MAMORは、防衛省が編集協力をしている唯一の広報誌です。
防衛省の政策や自衛隊の活動を分かりやすく紹介し、国民とともに防衛を考える広報誌を目指しています。

MAMOR 2012年5月号(3月21日発売)CONTENTS

特集

あれから1年。みんなで応援
東北の自衛隊に会いに行こう!

ミリレポ

いざ!
陸上自衛隊 第1ヘリコプター団

編集後記

編集長 高久 裕

 グラビアの撮影で、航空自衛隊松島基地へおじゃましました。1年前の痕跡がそこここに生々しく残っていましたが、隊員の皆さんは、笑顔で元気いっぱいに対応してくださいました。さらに驚いたのは、基地の海側いっぱいに土嚢を積み上げて応急の防波堤がつくられていたこと。災害に負けない強い心と、事にあたっての素早い対応に、自衛隊の底力を見た思いがしました。復興にがんばる自衛隊の応援に行ったつもりが、すっかり励まされ、「ますます面白いマモルを作らなきゃ」と、心に誓って帰路についたのでした。

特集取材後記

あれから1年。みんなで応援
東北の自衛隊に会いに行こう!

ライター 長谷部 憲司

 東日本大震災が起きて以降、仕事の関係もあって毎日のように防衛省HPをチェックしていたので自衛隊の動きの全体像は把握していたつもりでしたが、当事者のお話を直接聞くのは今回が初めて。果たして、あの日から1年以上が過ぎて、なお初めて知ることが多々ありました。時間の経過とは関係なく、こうした個別の証言を地道に掘り起こしていくことも、あのときの出来事を風化させないひとつの方策なのでは……と感じた取材でした。

カメラマン 川口 正志

 今回は東日本大震災から丸一年を経過した事を受け、当時を振り返るインタビュー記事の撮影を担当しました。私は1年前の3月11日、偶然にも本誌MAMORの取材をしていて、地震が起きた2時46分は自宅に着いてまもなくの頃でした。
 強い揺れが収まったあと、テレビを点けるとそこには目を疑いたくなるような光景が映し出されていました。
 その後、予想を超える被害の大きさが続々と報じられるようになったのですが、今回のインタビュー撮影では、まさにその時、事態に直面していた方々が、同じようにショックを受け混乱しながらも、懸命に困難に立ち向かっていたという事実を知る事になりました。
 私は震災関連の取材はしていないので、このインタビュー取材は私にとってもとても貴重な経験となりました。

 

ミリレポ取材後記

いざ!
陸上自衛隊 第1ヘリコプター団

ライター 岡田 真理

 暗闇の中での救助活動、原発事故での空中放水、そして天皇皇后両陛下の行幸啓。東日本大震災では、たくさんのヘリコプター、そしてそのクルーたちが活躍しました。今回のミリレポでは、当時ヘリに搭乗していた、第1ヘリコプター団のパイロットや整備員たちに、あのときどんな状況だったのか、そしてどんな思いで活動にあたっていたのかを語って頂いています。
 当時、私もテレビで災害派遣にあたっているヘリを見ていたので、インタビューでは「ああ、あなたがあのときのパイロット……」と感慨深くお話を聞かせて頂きました。そして、彼ら全員が当時のことを淡々と語る様子に驚きました。
 東日本大震災で、日本中がそうであったように、第1ヘリコプター団の隊員たちも多くの困難に立ち向かわなければなりませんでした。それは私たちには想像もできないほどの大きなものだったはずなのですが、彼らはそれを、あたかも当然のことであるかのように淡々と語っていました。「任務ですから」、「私たちがやらなければならないことですから」―常に静かに語られる彼らの言葉を聞いて、今回また改めて自衛隊の強さに触れることができたような気がします。

カメラマン 長尾 浩之

 一年前、複数のヘリコプターが原子炉に散水する様子を私は祈りを込めてカーラジオから聞いていた。今回のミリレポは、まさにそのミッションの立役者である「陸上自衛隊 第1ヘリコプター団」だ。聞けば同団高圧放水車からも原子炉に放水し、発災深夜には暗視ゴーグルを装着しながらの救助活動を行ったとの事。その奮闘振りには頭が下がる。夕日を背に飛び立つチヌーク。日々の猛訓練が裏打ちする強さ、たとえ滑走路の無いどんな場所へも彼らは駆けつける本当に心強い空輸部隊なのだ。
 東日本大震災から一年。献身的に災害派遣活動を行って頂いた全自衛官に感謝し、あらためて震災で亡くなられた方々の御冥福をお祈り申し上げます。

 

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