防衛大臣インタビュー

衆議院と参議院、いずれの土俵も知るベテラン政治家である田中直紀氏が、今年1月、防衛大臣に就任しました。
約30年に及ぶ政治生活で培われた経験を存分に生かし、手腕を発揮されることが期待されています。
防衛大臣としての意気込みから自衛隊の災害派遣活動についてまで、現在の思いを語っていただきました。

国民の皆さんには、自衛隊を身近な存在に感じていただきたい

Q:「東日本大震災における自衛隊員の活動により、今までにないほど自衛隊への注目が高まっています。 そういう時期に防衛大臣に就任されたわけですが、就任当時のお気持ちをお聞かせください。」

A:「私の地元である新潟県では、2004年に新潟県中越地震、2007年には新潟県中越沖地震が起きて大きな被害を受けたのですが、その際、上越市にある高田駐屯地や新発田市の新発田駐屯地の部隊の皆さんには大変お世話になりました。 ほかにも全国各地から災害派遣で駆けつけてくれた自衛隊のおかげで、復旧、復興を進めることができたという経緯があります。お世話になった高田と新発田の駐屯地で開催される式典には毎年参加していたこともあり、もともと私にとって自衛隊は身近な存在でした。ですから今回、防衛大臣のお話をいただいたときは、心引き締まる思いでした。 国家の平和と安全、国民の生命、財産を守るという、重みのある大変な仕事です。 時には厳しい判断を迫られる事案もあるでしょう。 そういった組織の長として務めていくには、何事に対してもしっかりと考えをまとめて臨まなければならないとも感じました」

Q:大臣に就任される以前から自衛隊を身近な存在と捉えていらっしゃったわけですね。 では、実務を通じての自衛隊に対しては、新たな印象や今までになかった発見などはありましたか。

A:「やはり東日本大震災での献身的な支援活動には心を打たれました。 昨日まで人々が暮らし生活の営まれていた場所が、ほんのわずかな時間に津波で押し流されてしまった。 あれほどの広い土地が荒野のようになってしまった光景は、昭和20年の終戦以来ではなかったでしょうか。 それほどの未曾有の災害において、自衛隊は最大時10万人以上の態勢を取り、被災された方々のために寝食を忘れて働きました。 その姿には頭が下がりましたし、国民の皆さんの中にも、この震災によって自衛隊への信頼を深めた方は少なくないと思います」
「防衛大臣の職を拝命した1月は、陸上自衛隊郡山駐屯地、海上自衛隊横須賀地区、そして航空自衛隊那覇基地と、 陸・海・空各自衛隊の駐屯地や基地を訪れ、隊員の諸君とも話す機会を得ました。 その会話の中で改めて感じたのは、災害派遣や海外派遣は、現地におもむく隊員の家族や仲間の協力があってこそ成り立つものだということです。 人員の減った駐屯地や基地を守ってくれる留守番役の部隊、自衛官である父親または母親が不在でも元気に暮らし、 派遣先で頑張る隊員を応援してくれる家族の協力があるからこそ、隊員たちは現地で心おきなく任務に専念できるのです。 そのことを隊員の言葉の節々から強く感じ、見聞を広めることができました。 また、自衛隊は実にさまざまな場所で活躍しているということ、そしてその活躍を国民の皆さんへより知っていただくことが私の役割だという思いも新たにしました」

Q:大臣にとって自衛隊と自衛隊員は頼もしい存在でしょうか。就任以来、とりわけ印象深かった出来事などはありますか。

A:「そうですね。『守る自衛隊、助ける自衛隊』という役割を十二分に発揮してくれていると思いますし、 国民の皆さんからもそれについて高く評価していただけていることを大変うれしく思っています。 それから自衛隊は『最後の砦』という表現をされることもありますが、こうして大臣となって防衛省・自衛隊と接すると、その言葉の重みを改めて実感しますね」
「今年の冬は近年まれにみる大雪で、豪雪地帯の方々の苦労は大変なものでした。 少子高齢化の時代ですから一人で住んでいるお年寄りも多く、そういう方はなかなか除雪ができず、家の倒壊の危険にさらされているといった状況も各地でありました。 防衛大臣に就任する前から豪雪対策議員連盟の会長を務めていたということもありますし、地元が日本有数の豪雪地帯ということもありますから、 大雪による被害が各地で起きることには胸を痛めていました。そんな折、北海道、青森県、滋賀県の知事さんからの要請があり、 除雪支援などの災害派遣として自衛隊が活動しました。 それぞれの派遣先で地域の実情を踏まえたきめ細やかな対応に力を尽くしてもらったのは、私自身が雪で苦労する地域をよく知っているだけに、 とりわけ強く心に残っています。」

Q:全国の自衛隊員へのメッセージをお願いします。

A:「今春から自衛隊に入隊する方々の入隊式が、各地の駐屯地、基地で行われています。 残念ながら私はなかなか参列する機会がありませんが、新たに入隊する人へは『苦しいことや辛いこともあるだろうけれど、仲間や先輩、家族が支えてくれるから、 使命をもってしっかり成長してほしい』というメッセージを送っています。 すでに活躍している隊員は、後進を育てることや仲間と助け合うことも大事な任務の一つとし、力を合わせてよりよい自衛隊の気風を作り上げてもらいたいですね。 指揮官に対しては、部下の隊員それぞれの世代が、いずれも力を存分に発揮できるような環境を作ってほしいということをお伝えしたいです。 また、自衛隊員全体へのメッセージとしては、訓示でも述べた『鋭気、はつらつ』とした活躍を今後も期待しています」

Q:大臣が衆議院議員に初当選して以来、政治家としての歩みは約30年になります。もともと政治家を志したのは、どのような理由からだったのでしょう。

A:「大学卒業後は一般企業に約16年勤めていました。 海外に駐在するという話などもあったものの、家庭の事情もあり退職し、40歳を過ぎてから新たな門出をしたわけです。 また、背中を後押しされるような出来事もありました。私の実の親の故郷は福島県相馬市です。 相馬市には野馬追いという伝統行事があり、昔、これに出ないかと声をかけていただき参加しました。 そうしたことがきっかけで地元の人々との交流が深まっていくうちに、ちょうど政治の節目の時期でもあったのかもしれませんが、 一緒に地域の発展のために尽力しようじゃないかという話になったのです。 ですから私にとって新潟県は大事な土地ですが、相馬の方々の思いも共有しているという自負があるので、何らかの微力は尽くしたいという思いを常に抱いています」

Q:座右の銘や好きな言葉があれば教えてください。

A:「シンプルな言葉ですが、『信頼』です。座右の銘はと尋ねられると、昔からこの言葉を挙げますね。 家族、友人、仲間、身近な人々を信頼し、自分もまた信頼されるに足る人間でありたいと。 昨年から大きく取り上げられている『絆』という言葉との共通点もあるのではないでしょうか。 また、先ほど触れた『鋭気、はつらつ』については、座右の銘というよりは、私自身がこれからも心がけていかなければと思っている言葉です」

Q:最後に、国民へのメッセージをお願いします。

A:「日本は戦後60年以上にわたって、紛争に巻き込まれることもなく平和が保たれてきました。 それには国民の皆さんの努力や政府の頑張りも不可欠だったでしょうが、自衛隊という存在が非常に大きな役割を果たしてきたことは間違いありません。 自衛隊についてはいろいろな意見がありますから、議論を重ねていきながら、さらなる活躍を期待するという姿勢が大事だと思っています
防衛省、自衛隊の使命については、国民の皆さんから理解していただいていると思いますが、さらなる私からのお願いとしては、 私同様、自衛隊を身近に感じていただきたいということです。事務官を含めた自衛隊員の定員は約27万人、全国各地に駐屯地や基地もあります。 そういった面から見ても、身の回りに自衛隊に関わる人がいるのは自然なことですしね。 日々厳しい訓練に励み、国の平和と国民の生命を守るために命をかける者たちが、皆さんの身近にいます。そんな自衛官に思いを寄せていただければと思います」


文/渡邉陽子 撮影/長尾浩之
(MAMOR 2012年6月号より)

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