北澤防衛大臣スピーチ

第10回IISSアジア安全保障会議(シャングリラ会合)
北澤防衛大臣スピーチ
「アジアにおける新たな防衛政策と能力」
(2011年6月4日(土)シンガポール)

0.冒頭挨拶

チップマン所長、ご来賓の皆様、

アジア太平洋地域で最大の国防大臣級の多国間対話の場として意義のある、この会合において講演する機会を頂き、光栄に存じます。国際戦略研究所およびシンガポール政府関係者の皆様に深い感謝の意を表します。そうはいいましても、大スター退場後の会場は、常に寂寥感が漂いますが、勇気を持ってスピーチしたいと思います。

本日、私は、先般わが国で起きた東日本大震災への対応と新たな提案、そして、我が国の防衛政策について説明したいと思います。

1.自衛隊の震災対応と各国からの支援への謝意

さて、皆様、すでにご存じの通り、わが国において、3月11日、午後2時46分、マグニチュード9.0の大地震が発生しました。その大きさは、わが国史上最大、世界史上4番目という未曾有のものでした。

その時、私は、菅総理はじめ全ての閣僚とともに、国会の委員会室におりました。野党議員が総理に厳しい質問をしている中、最初は、ゆっくりとした揺れは次第に大きくなり、議場のシャンデリアは大きく振れ、部屋全体が歪むような激しい揺れを感じました。この揺れは、その後の甚大な被害を予感させるものであり、国会は中断、総理は即座に官邸に戻り、自らを本部長とする緊急災害対策本部を設置致しました。以後、我が国は、大地震、大津波、原発事故という3つの大災害へ同時に対応していくことになりました。総理以下、中央の行政機関や地元の自治体の職員、そして派遣された自衛官などは、長期にわたり殆ど休みをとることもなく、一人でも多くの被災者を救うことに全力を尽くすことになりました。

果たして、今回の地震の、振幅の大きい特異な揺れは、東北地方を中心に10mを優に超える巨大な津波を引き起こしました。過去に幾度となく津波の被害を受けてきました。この地域では、防潮堤を幾重にも張り巡らし、地元自治体、住民が一丸となって防災訓練を行ってきました。このような住民の方々の高い防災意識や日頃からの努力により、巨大な津波が到達する約30分の間に、多くの方々が高台に逃れることができました。また、自衛隊も迅速に対応し、地震発生から3日間で約1万人以上の被災者を救助することができました。

しかしながら、今回の津波は、これまで想定したものを大きく超えるものでありました。犠牲となられた方は既に1万5千名を超え、未だ1万名以上の方々が行方不明となっております。その9割は津波によるものと言われています。被災地は悲しみに包まれました。がれきの中からは、幼児をしっかりと抱きしめ、急ぎ母子手帳を身につけたと見られる母親のご遺体なども数多く発見されました。そして、我々の涙を誘いました。また、捜索現場では、帰らぬ我が子を毎日のように探し歩く親御さんたちも少なくありませんでした。このような方々は捜索を行っている自衛隊員に対し必ずといってよいほど、深々とお礼を言って帰っていかれました。更に、最後まで避難誘導のために持ち場に留まられた自治体、警察、消防、医療関係の方々が命を落とされたことも残念でなりません。

加えて、福島第一原子力発電所では、放射性物質が漏洩するという深刻な事態に至りました。何重もの安全装置を有する原発は、大地震があった後も非常用電源に切り替わり安全を保っていました。しかし、ほぼ30分後、想定していなかった高さの巨大津波が原子炉の非常用電源を奪いました。冷却システムは全て失われ炉心にある燃料棒の溶融を生じさせました。このような想像を超えた事態に対し、日本政府と東京電力は、世界が経験したことのない事故との闘いを行うこととなりました。特に初期段階では、電力の喪失などにより原発のデータは殆ど得られず、突然に生じた水素爆発により、周囲には放射能を帯びたがれきが飛散致しました。しかも、稼働中であった3つの炉と4つの使用済み燃料プール、計7つの大きな脅威に同時に対処する必要が生じました。
 しかしながら、過酷な環境下で、自衛隊をはじめとする関係機関、そして、東京電力や関連企業などの多くの日本人が、放射能の封じ込めに努力し、今に至る約80日間、原発を冷却し続けることに成功し、大きな危機はほぼ去ったと言える状況まで持ってこられたと考えます。今なお多くの問題は残っています。私は日本人として、原発の封じ込めに尽力した方々の努力には、本当に誇りを感じております。

自衛隊は、発災直後から活動を開始し、派遣規模は、最大で人員約10万7千名、航空機約540機、艦艇59隻というこれまでにない規模になりました。自衛隊の活動は、行方不明者の捜索・救助、食事・入浴・医療といった被災者支援、道路啓開のためのがれき除去、支援物資の輸送から、原発事故対応のための放水、除染、モニタリング支援と多岐にわたりました。戦後65年以上経ちますが、今ほど、日本国民と自衛隊の距離が近づいたこと、そして国民の自衛隊への信頼が高まったことはなかったと思っております。

また、我が国は、これまで、159の国および地域、そしてまた、43の機関、そして数多くの民間団体や個人の方々から支援の申し出を頂きました。共に、がれきの中に分け入り、泥沼につかりながら活動しました。中でも、わが国の同盟国である米国からは、先程ゲイツ長官からも発言があった通り、「トモダチ作戦」の下、人員約1万6千名という大規模な兵力をもって駆けつけてくれました。私は、我が国が、信頼できる良き隣人、良き友人を有していることを改めて認識致しました。我が国政府、国民を代表して、各国からのご支援に、心より感謝申し上げます。
 今回の災害を経て、我が国では、助け合う心、復興への熱意、危機管理への意識などが高まっています。そして、国際社会との「絆」を実感しております。本日、この会場におられる各国の皆様には、困難を乗り越えてきた、自衛隊に対し、そして日本国に対して、一層の信頼感を持って頂ければ幸いだと思います。

2.国際社会への貢献の決意と提言

わが国は、国際社会から頂いたご支援に応え、復興への一歩を踏み出しています。わが国の復興は、地域のみならず、国際安全保障、国際経済にとって不可欠であり、わが国の責務とすら考えております。

また、わが国は、今回の震災において、各国の皆様からのご支援を受ける経験を致しました。今後、災害に対するキャパシティ・ビルディング支援などにより、迅速で真に役立つ災害救援活動ができるよう、更なる役割を果たして参りたいと考えております。これから、今現在、私が強く考える思いを三つ述べさせていただきたいと思います。

まず、一つは、南北に長いわが国の国土には、アジア太平洋地域にアクセスし易い場所、南西諸島のような島々があるということです。各種インフラが整い、地理的条件を兼ね備えるこのような島々に、災害時に必要となる物資や機材を集積し、アジア太平洋地域において大規模な災害が発生し、各国が救援のために駆けつける際の拠点となる場を提供することができると考えております。

二つめは、原発事故に際し、自衛隊を含め、極めて高い放射線環境で活動するのに十分な手段と計画を有していなかったという反省であります。私たち日本は、ロボット大国だと自負していました。しかし、現実の場でそれを活用する手立ては実際には整っておりませんでした。今回の災害を通じ、無人機やロボットの有用性が改めて確認されました。このため、技術立国たる我が国の特性を活かし、防衛省として、関係機関とも連携しつつ、無人機やロボットの活用を積極的に検討し、保有に向け、更には、国際的な協力も視野に入れて、取り組んでいきたいと考えております。このことは、無人機やロボットというものをいつ起きるか分からない災害に対応させるには、やはり軍事的な組織の中で年間を通じて、常時訓練ができ、それを継続して保有できるという特性を活かすべきであるという風に思うからであります。
 また、私は、自衛隊が今回のような未曾有の震災や、原発事故の初動対応において、何を期待され、何ができ、何ができなかったのかについて、各国の国防当局と共有し、今後の備えに役立てていただきたいと考えます。そして、国防当局間においては、原発事故のような不測の事態における協力体制について、話し合う場を設けるべきと、私は提案致します。

三つめは、今回の原発事故に際し、わが国に世界中の英知が結集し、そのネットワークに支えられながら、事態対処に当たっていることですが、今後、我が国は、今回の事故を徹底的に検証し、そこから得られる知見や経験をもって国際社会と共有して参ります。私は、その上で、IAEAとの協力が不可欠と考えております。是非、今回の事故で貴重な経験をした自衛隊の医官をIAEAに派遣し、国際社会の知見を学ばせ、また、今回の事故から得られる経験を国際社会に還元していきたいと考えるのです。

3.防衛大綱の説明

皆様、次に、本セッションのテーマである、防衛政策について、本震災にも触れつつ考えてみたいと思います。

昨年12月、わが国は、新しい防衛大綱を策定致しました。新大綱では、多様化・複雑化する安全保障上の課題などに対処するため、防衛力の基本的方向性として、従来の「基盤的防衛力」構想によらず、自衛隊の運用に焦点を当てた、動的防衛力を構築していく方針を打ち出しました。これは、防衛力の存在による抑止効果に重点をおいた構想から、防衛力の「運用」を重視し、自衛隊を平素から積極的に活用することで、わが国の安全保障を確保していこうという考え方です。

今回の災害対応では、多くのマンパワーを要する被災地支援と、特殊な対応能力を必要とする原発事故が重なる非常に困難な状況でありました。自衛隊では、速やかに統合任務部隊を編成し、機動的に運用しながら、10万人を超える態勢で対応に当たりました。
警戒監視やスクランブル等の任務を着実に継続しつつも、迅速にこうした態勢を取ることにより、自衛隊が有する能力を十分発揮したことは、動的防衛力を構築するという大綱の方向性が正しかったことを改めて示すものであると思っております。今後、この大綱に示された方向性の下、今回の震災対応における教訓反省も踏まえながら、新たな部隊のあり方や人事制度の改革など防衛力の構造改革の議論を深め、その具体化に努力をしてまいる考えです。

4.タブーのない対話の重要性、シャングリラ対話の場の評価

最後に、今回、10回目を迎えるシャングリラ対話の場を借りまして、多国間対話の意義について一言触れたいと思います。

新大綱では、日米同盟の深化や二国間・多国間の安全保障協力のネットワーク化により、多層的な協力を推進することの重要性を強調しております。今回の災害に際して、多くの国々との信頼関係を再確認できました。私は、この信頼関係を、より強固なものにするため、国際社会における対話を更に進めていくことが重要であると考えております。対話により、国際社会が共有する「ルールと価値観」を確認することができると考えるからです。

国際連盟初代事務次長を務めた農業学者である新渡戸稲造は、その著書「武士道(The Soul of Japan)」の中で、「信実と誠実となくしては、礼儀は茶番であり芝居である」という風に述べています。国と国の間の信頼関係においては、何が「信実」であり、何が「誠実」であるかを共有することから始めなければなりません。私は、それが「ルールと価値観」だと思うのであります。

人権と平等という価値観、自由貿易体制におけるルール、航行の自由といった累々と積み重ねられて確立した国際法は、世界の平和と経済活動を支える大原則であります。このようなルールと価値観を共有することにより、真の友人としての信頼関係を不変のものとすることになるのであります。

地域の多国間対話の場は、シャングリラに加え、昨年よりADMMプラスが創設され、本年より東アジアサミット(EAS)に米国とロシアが参加するなど、成熟してきております。今後、シャングリラをはじめとする、これらの多国間対話の場で、タブーを設けず、伝統的安全保障分野を含むあらゆる分野の問題意識を議論することで国際社会における対話が発展することを心から念じている次第であります。

ご静聴、ありがとうございました。


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