北澤防衛大臣スピーチ

第9回IISSアジア安全保障会議(シャングリラ会合)
北澤防衛大臣スピーチ
「国際公共財としての海洋と我が国の施策」
(2010年6月5日(土)シンガポール)

チップマン所長、御来賓の皆様、

アジア太平洋地域で最大の国防大臣級の多国間対話の場として意義のある、この会合において講演する機会を頂き、光栄に存じます。国際戦略研究所およびシンガポール政府関係者の皆様に深い感謝の意を表します。

さて、皆様、すでにご存じの通り、我が国において、先般鳩山総理が辞任され、国会において菅前副総理が新たに総理大臣に指名されました。総理辞任により、私の本会合への出席が危ぶまれましたが、安全保障を重視する菅次期総理より、国会指名直後に、直接連絡があり、是非、本会合に出席するよう依頼され、ここに参ることができました。このことは、新たに誕生する予定の菅内閣がアジア太平洋地域の平和と安定を如何に重視しているかを物語っていると思います。

さて、本日、私は、第2セッションの議題である「安全保障に関する新たな局面」の下、我が国が四面環海であることから、我が国を取り巻く基本環境の一つとしての海洋とそれに関する我が国の施策について、特に国際公共財に焦点を当てつつ、取り上げたいと思います。

最初に、我が国と海洋の関係についてお話します。

四方を海に囲まれた島国である我が国にとって、海洋というものは、主に3つの役割があったと思います。すなわち、海は、古来より「恵み」をもたらす場所であるとともに、大陸から稲作を始めとする農耕技術や仏教や先進的な文化などが伝えられる「道」としての役割、そして外敵の侵入を防ぐ天然の「防壁」という役割もありました。

ここで一つ和歌を紹介したいと思います。

「今替わる新防人が船出する海原の上に波な咲きそね」

これは約1,300年前に大伴家持が国を守る兵士について詠んだ和歌で、「船出していくこの兵士達は、今から新しく交替に出かける新兵なのだ。だから海原よ、せめて波静かに送ってやっておくれ。」という内容なのですが、海が我が国の安全保障と古来より密接な関わりを持っていることを示しているものといえるでしょう。

海洋の取り扱いについては、これまで国際社会において議論され、規範作りの努力が行われてきました。古代ローマ人は地中海を「我々の海」と呼んでいましたし、大航海時代以降の欧州では、海を制するものは世界を支配するという概念が生まれました。いずれにしましても、政治・経済活動を行う上で、海を制することが極めて重要であるとの認識に基づく考え方が長く続いてきました。

しかし、現在では、主権国家が増加したことに加えて、海底資源や水産資源などが経済発展を支える資源としての価値が重視されるようになってきました。

1994年に発効した国連海洋法条約により、公海、つまり誰のものでもない海域は大幅に減り、沿岸国の領海及び排他的経済水域(EEZ)が、全世界の海の4割を占めるようになりました。ある国に所属し、又は一定の権利が認められる海域が増えることは、資源に対する権利が生じる一方で、その海域を管轄する国の責任も増すことになります。

こうした海洋については、国々の管轄区域として観念される一方、相互依存とグローバリゼーションの進化にともない、宇宙やサイバー空間と同様に「国際公共財」としての性格をますます強めているといって良いと思います。海洋は、どの大国も単独では安全を確保できず、その安全確保には国家のみならず、国際組織などによる多角的協力が求められています。

国際公共財としての海洋に関し、安全・安定的に利用者全体が利益を享受できるためには、海洋の安全確保が重要となります。しかしながら、皆さんご承知のとおり、現在では、ソマリア沖やマラッカ海峡に代表されるような海賊行為が発生するとともに、テロ、麻薬取引等のルートなどにも利用され、これらの取り締まりが重要な課題となっています。さらに、船舶同士の不測の海難事故を引き起こす恐れも存在します。

これらの問題は、とても一国だけで対処できる問題ではありません。

ここで日米関係について触れたいと思います。このアジアに広がる広大な海域の安定を考える際、米国抜きに語ることはできません。米国は過去60年以上、国際公共財たる海洋の安全を確保してきました。そして、この海域全体に展開が可能なのは米軍のみであります。海域毎の特性や状況に応じたきめの細かい対処が必要な一方、海域全体を共通に目配りするためにも米国の役割は大きいです。海洋の安全を確保する上でも、引き続き日米間の緊密な協力関係が重要な役割を果たすものと考えます。

皆様、

我々は、これまで海洋航路の安全確保といえば、海上交通路(SLOC)、つまり、「線」として捉えてきました。しかし、海域毎に異なる事情や脅威、沿岸国の能力の差異などから、画一的に航路の安全を確保することは困難であることは明らかであり、むしろ、海上交通路(SLOC)を幾つかの海域に分け、その海域を「面」として捉え、各海域の事情に応じた安全確保の方策を見いだすことが現実的といえます。

中東から北東アジアまでの海域を、東から、北東アジア、東南アジア、インド洋、中東に分けると、次のような状況が説明できると思います。

我が国も含まれる北東アジアは海賊・テロ等の非国家主体の活動は希薄である反面、伝統的な不安定要因が存在しています。東南アジアは、東西をつなぐ海洋交通の要衝です。沿岸国が多く、島嶼の領有権や海域の境界画定の問題などが未解決のまま存在すると共に、テロや海賊など多数の不安定要因が存在する地域でありますが、沿岸国が主体となってマラッカ海峡における海賊対処への積極的な取組が進められています。さらに、マラッカ海峡から中東に至るインド洋では、テロに対する国際的な取組が継続中ではある一方、インド海軍などによる多国間海軍訓練などの地域安定化努力が進められています。最後に、中東ではテロ行為やソマリア沖での海賊行為が頻発しており、国際社会が共同して対処しているのは皆さんご承知のとおりです。

北東アジアから中東までの海域を見渡してみると、様々な取組が進んでいます。例えば、海賊対策についてみれば、ソマリア沖・アデン湾においては、一連の国連安保理決議に基づき約30カ国が艦艇などを派遣しており、アジアにおきましては「アジア海賊対策地域協定{リキャップ(ReCAAP)}」が採択され、これに基づき情報共有センターが設置・運用されています。これらは、まさに海洋の安全を確保する地域の努力が結実したものです。

皆様、

ここで、我が国が海洋の安全を確保するため、どのようなことを実施してきているのか、具体的に幾つかご紹介したいと思います。

まず一つ目は、先ほどから言及しているソマリア沖・アデン湾における海賊対処についてです。この海域は、年間約2,000隻の我が国関係船舶が通行するなど、我が国にとって欧州や中東と東アジアを結ぶ海上交通路(SLOC)の一部を構成しています。そのため、海賊行為から船舶を防護するため、現在、海上自衛隊の護衛艦2隻とP-3C対潜哨戒機2機を派遣し、海と空の両面から活動に従事しております。商船の護衛は全ての国を対象とし、また、P-3Cが収集した情報は関係機関・各国部隊に提供しており、国際的な連携を取りながら活動していますが、今後とも継続していきたいと考えています。

さらに、自衛隊は潜水艦救難訓練、掃海訓練、捜索救難訓練、ピーエスアイ{PSI(拡散に対する安全保障構想)}関連訓練など各種の訓練を、アジア・太平洋地域の各国と実施してきています。

それから、米太平洋軍が主催している「パシフィック・パートナーシップ2010」に、海上自衛隊の輸送艦1隻と陸・海・空の混成医療チームが、日本のNGO約20名とともに参加し、ベトナム及びカンボディアで医療活動などを実施しております。こうした取組を今後我が国としても積極的に行っていくことについても検討していきたいと考えています。

海上自衛隊が実施している各国との共同訓練は、相互の信頼関係の向上はもちろんのこと、自衛隊及び相手国海軍の能力向上、運用上の協働という大きな効果があります。

冒頭で申し上げましたとおり、海洋の安全に対する沿岸国の責任が増加しています。海洋を介して行われる大量破壊兵器の拡散、テロなどは、統治能力の弱い国家や地域を不安定化させることになります。

我が国は、多国間で協調しつつ、沿岸国の海洋の安全確保能力の向上を図ることを通じて、海洋を安全で安定的に利用できるような状態を確保することが国際社会共通の利益につながるとの観点から、防衛協力・交流としてのキャパシティー・ビルディング支援も行っていきたいと考えています。

不測の事故を未然に防ぐための方策も考えていく必要があります。

海洋には様々な船舶が日々航海をしており、ひとたび海難事故が発生すれば深刻な被害と尊い人命が失われる可能性があります。さらに、環境汚染の可能性もあります。安全な航行を支えるシステムや機構を整備することは意義のあることだと考えます。

さらに、不幸にも衝突をするなどの、不測の事態や緊急事態は、残念ながら全くゼロにすることは不可能なことです。そのため、何らかの事故防止のための約束事や事故発生時の連絡メカニズムの存在が、事態のさらなる悪化を防止する有力な手段と考えます。

本年4月ですが、中国海軍艦艇が東シナ海において訓練と見られる活動を行っていた際、艦載ヘリコプターの飛行訓練を実施しました。その際、当該艦載ヘリコプターが、海上自衛隊の護衛艦に対して極めて接近をする事案が発生し、また、その後太平洋上においても、同様の事案が生じました。このような飛行は艦艇の安全航行上危険です。日中両国は、昨年11月の東京での日中防衛相会談において、防衛当局間の海上連絡メカニズムを確立するために両国防衛当局間の意見交換を推進することで一致しております。

3月26日に発生した韓国海軍哨戒艦「天安(チョナン)」の沈没で亡くなられた46名の犠牲者及びその家族の方々に心からお悔やみを申し上げます。我が国としては、韓国政府を支持し、北朝鮮の行動を国際社会と共に強く非難します。

我が国は、すべての北朝鮮籍船の入港禁止及び北朝鮮からの輸入禁止を含む一連の対北朝鮮制裁措置を継続して実施しております。さらに、鳩山総理の指示の下、国連安保理決議で北朝鮮への輸出入が禁止された貨物の検査等を行うことを可能とする貨物検査法が先月28日、成立致しました。北朝鮮問題に対しては、韓国及び米国を始めとする関係各国と引き続き緊密に連携・協力していく考えであります。

防衛省としては、年末に向け、我が国の防衛力の今後の基本的指針を示す防衛計画の大綱の見直しや中期防の策定といった重要な施策を進めていかねばなりません。詳細はこれからですが、夏ごろには方向性を固めたいと考えており、現在の安全保障環境において、海洋の安全に対する不安定要因をはじめ、災害救援、対テロ活動など、平時とも有事とも言い切れない中間領域におけるシームレスな活動の重要性が増していることに注目しています。防衛力の実効的な対応を必要とする、こうした問題についても検討を加え、防衛政策に反映していく必要があると考えております。

アジア太平洋地域に生活する我々にとって、国際公共財としての海洋は繁栄の基礎となっております。未来に向けて、各国が協力して、我々全員が海洋の恩恵を享受できるよう、努力をしていくべきだと考えています。我が国は、我が国自身の努力のみならず、キャパシティー・ビルディングや共同訓練、パシフィック・パートナーシップのような施策を始め、地域の国々と引き続き様々な形で協力を進めて参ります。

皆様、御静聴、有り難うございました。


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