第5回アジア安全保障会議

 

第5回IISSアジア安全保障会議(2006年6月3日、シンガポール)
額賀防衛庁長官スピーチ
「国際的な安全保障のための軍の展開」

ご列席の皆様、

 まず、先週のインドネシア・ジャワ島中部地震において、亡くなられた方、被害を受けた方に、心からのお悔やみを申し上げます。私は、医療等の支援のための自衛隊部隊派遣を命じたところです。現地の一日も早い復興を心から望んでおります。

ご列席の皆様、

  アジア太平洋地域における最も重要なハイレベルの安全保障フォーラムの一つとも言える、このIISSアジア安全保障会議においてスピーチを行うことは、私の喜びであり、また光栄とするところです。国際的な安全保障についての日本の防衛政策を皆様の前でお伝えする機会を頂いたことにつき、チップマン所長及び関係者の皆様に感謝致します。また、この会議を当初からホストしてきている、シンガポール政府にも感謝致します。

ご列席の皆様、

 この会議が5年目を迎え、名実ともにこの地域の安全保障に関する会議として定着したことを心からお祝いしたいと思います。まだ最初の2セッションを終えたばかりですが、初めて参加する私にもこの会議の重要性が伝わってきます。また、主催者の素晴らしいおもてなしと、シャングリラ・ホテルの豪華な雰囲気にも魅惑されています。
さて、この会議が定着したこと自体が、この地域における安全保障環境の改善への取組が進展していることを示しています。冷戦時代には予想もできなかったことであります。今これが可能になったのは、この地域の国の相互依存が進み、開放された形での経済統合を図る動きがあると共に、国際テロや大量破壊兵器とその運搬手段の拡散といった新たな脅威にどう対応していくかという課題に直面しているからだと思います。日本の周辺にも依然として朝鮮半島や台湾海峡を巡る予測困難で不確実な状況が残っております。また前回のシャングリラ会合以降も、パキスタンでの大地震、フィリピンにおける地滑りをはじめとする大規模自然災害は、この地域に繰り返し大きな犠牲者をもたらしました。我々はこうした新しい脅威や大規模自然災害など、国際社会が共同して取り組むべき実に多くの安全保障上の課題を共有しております。

 このセッションのトピックは「国際的な安全保障のための軍の展開」であります。古典的には、海外への軍の展開は展開する国の側の事情によるものであり、多くの場合において、他国の利益を犠牲にするものでした。しかし今日の世界においては、海外への軍の展開は、軍の展開を受け入れる国及び国際社会全体のためになされるようになってきており、結果として軍を展開する国の利益ともなっているのです。私の国について述べれば、日本の平和と安定は、アジア太平洋地域のそれと不可分の関係にあります。この考え方は、2004年12月に策定された防衛政策の大綱の中で明記されており、国際的な安全保障環境の改善は、安全保障上の目標かつ日本の防衛政策の役割の一つであるとされております。

 この関連から、日米同盟の最近の進展について付言したいと思います。過去3年半以上、日本と米国は、9.11後の安全保障環境の変化を踏まえ、同盟関係のより深い、より幅広い強化のために、戦略対話を緊密に行ってきました。日米の共通の戦略目標及びこれらを追求していくための日米の役割・任務・能力について検討を行い、二国間の安全保障・防衛協力を強化していくことを合意しましたが、これらにおいては、日本の防衛及び周辺事態への対応だけでなく、国際平和協力活動への参加のような、国際的な安全保障環境の改善のための努力に大きな重点を置いているところであります。このような観点を踏まえ、先月1日には、在日米軍の兵力構成再編案が承認されました。このような日米両国の努力は、基本的には自由と民主主義の共通の価値観を理念として、日米両国のみならず、アジア太平洋地域と国際社会全体に平和と安定と繁栄をもたらすことを目標としております。

ご列席の皆様、

 ここで、自衛隊の海外への派遣の経験について触れたいと思います。1991年の湾岸戦争以前、自衛隊の海外派遣は非常に限定されたものでした。練習艦隊の派遣、米国との共同訓練、南極科学調査の支援のための砕氷艦の運航だけが、当時の主たる自衛隊の海外への部隊派遣でした。戦闘を伴わない平和維持活動のような活動も、法的な根拠がなかったために実施されませんでした。何故、法的根拠が作られなかったのか。それは、人々の間にあった、海外への部隊の派遣に対する強い政治的アレルギーがあったうえ、日本の国民全体が当時、特に冷戦下において、「安全保障」や日本の防衛にほとんど関心を持たなかったといっても言い過ぎではない状況でした。平和維持活動のようなことは、日本の安全保障とは無縁なものと思われていたのです。しかしそのような考え方は、冷戦の終了と今日の世界の安全保障情勢により変更を迫られました。我々は、新しい時代において、我々の安全保障は、自国の領域を守るだけでは達成されず、国際環境を安定化させるための国際的な協力の努力に積極的に参加することが求められていると認識するに至りました。国際的な平和と安定に貢献するための最初の自衛隊の海外派遣は、1991年の湾岸戦争直後に行われました。自衛隊はペルシャ湾で掃海活動を実施しました。1992年に新たに制定された国際平和協力法の下で、自衛隊は同年からカンボジアの国連平和維持活動に参加し、その後モザンビーク、ゴラン高原、東チモールが続きました。特別措置法の下における、インド洋におけるOEF活動を行っている艦船への給油活動による支援や、イラクにおける人道復興支援活動への参加も、最近の我々の主要な国際活動の一部です。自衛隊は一歩一歩、誠実に経験を積み上げていきました。自衛隊の海外活動は、関係国に評価されてきており、日本においては、このような海外の任務への政治的支持が拡大しております。

 憲法上、法律上及び政治的な理由により、我々の国際的な派遣には様々な制約があることは事実であります。何よりも、自衛隊は自衛のため以外の海外の戦闘活動に参加できないという制約を受けており、海外で可能な任務の種類と範囲には限度があります。しかし、制約の下でも我が国としてなし得ることは多くあり、我々は、最近、国際的な平和と安定を創り出すためにはどうしたら良いか、ということについて「創造力」を働かせつつ取り組んでいます。例えば、一つの例は現地住民との良好な関係の構築です。我々がイラクのサマーワにおいて宿営地を建設した際、我々は現地の住民を雇用しました。有刺鉄線を宿営地の周囲に設置した際にも、日本の要員は現地で雇用された作業者の監督者のように振る舞うことを避けようとしました。その代わりに、自らの作業服をすり切れさせ、多くの切り傷を作りながら、現地の作業者と共に仕事に従事したのです。そのような仕事の精神と誠意を見せるというスタイルは、徐々に現地の人々に理解されていきました。さらにイラクにおける我々の活動について付け加えると、私自身、昨年12月にサマーワを訪問しました。自衛隊によって修復された学校を訪問した時、私は近隣の人々が改修された教室に自分達の子供達が喜んで学んでいたことに感動を受けていた姿に心を動かされました。自衛隊が医療支援を行っている病院では、自衛隊の支援が始まる前の2002年に比べて、新生児死亡率が3分の1に減ったということでした。最後に、現地住民との協力の別の例として、東チモールにおける平和維持活動にも触れたいと思います。2004年に任務を終了して撤退する際、我々は要請に基づき、東チモールに車両などの機材を譲渡しました。しかし、我々の過去の経験からすれば、単に譲渡するだけでは不十分です。その機材を使う現地の人々に適切な訓練が行われなければ、譲渡された機材は結局、がらくたの山になってしまいます。故に部隊は、撤退前に、政府職員が機材の監督、操作及び補修ができるように、操作と補修の訓練を行いました。これは大変うまく機能したと聞いております。

ご列席の皆様、

 これらの我々の経験を述べたのは、これが普遍的なやり方であると申し上げたいからではありません。ここで説明したかったことは、以下のことです。アジア太平洋地域には、政治体制、経済発展及び社会条件に大きな多様性があります。故に、個々の国にはそれぞれの制約やセンシティビティがあります。しかし我々が創造的になれば、そのような制約やセンシティビティは必ずしも地域諸国の協力の障害にはなりません。我々は、非常に困難な、高度に組織化された安全保障体制を要求するようなことから始める必要はありません。我々はより受け入れ可能な、容易にできることから始めればよいのです。

 マラッカ海峡における海上の安全保障についての沿岸国の協力は、そのような努力の一つであり、高く評価しております。我が国は、外務省及び法執行機関である海上保安庁を中心にこの分野で沿岸国に対する協力を行ってきていますが、防衛庁としてもどのような協力が可能か検討したいと思います。

 「ディザスター・リリーフ」、「災害救援」も、アジア太平洋地域の諸国がセンシティビティや様々な制約を有する中で、協力の比較的容易な分野です。各国の軍は、スマトラ沖大地震・津波被害やカシミールにおける大地震被害において、人道支援を協力して行っております。先週のインドネシアにおける大地震では、医療等の支援のための自衛隊部隊派遣を命じたところです。したがって、これも協力を始める新たな分野となりえます。この観点から、昨年、防衛庁は、災害救援における国際協力を、20以上の国と機関の参加を得て毎年主催しているシンポジウムである、東京ディフェンスフォーラムにて取り上げました。同フォーラムの中でも議論されたことですが、この地域において、実際に災害が発生した場合に各国の軍が迅速に対応するための、制度及び手続を整備しておくことを提案したいと思います。我々は災害救援の分野でイニシアティブをとり続けたいと考えております。

 一般に、軍は災害に際して、救助活動にあたる体力的能力を有する、一定規模の人員を短い時間内に動員し、急派することができます。さらに、提供する食糧などの補給物資の輸送や、通信などのための資機材を備えています。こうした軍組織の災害救援活動は、将来は内戦後の復興支援や平和構築などの平和支援活動の分野にも広がりを持ちうるものであり、今後の軍組織の国際協力のあり方を考える上でも重要なテーマであります。アジア各国との間でこのような点について共通の認識を持つことができることを期待したいと思います。

 日本の平和、安全及び繁栄は、地域や世界のそれと相互依存関係にあり、日本はそれを以前に増して認識するようになってきています。日本は、世界の平和が日本の平和に直結しているとの考えの下、国際社会と積極的に協力を図っていきます。これまで国際平和協力活動は自衛隊の付随的任務でしたが、国際安全保障環境の改善のための努力の重要性に鑑み、これを本来任務に格上げしたいと考えています。私は、アジア太平洋の平和と安定と繁栄のために「人とカネと技術」の協力を惜しまず、自由と民主主義による平和な「アジア太平洋圏」を構築していくことが理想であります。

ご列席の皆様、

 このシャングリラ・ホテルのホールでは、国際的な安全保障に関して、軍ではなく素晴らしい英知の展開が行われております。その英知から、この地域における国際的な安全保障のための軍の展開を実現しうる考え方や合意が生み出されるものと信じます。未来のために、我々の創造力を展開していこうではありませんか。

ご静聴ありがとうございました。

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