生物兵器対処に係る基本的考え方について

別添
生物兵器対処に係る基本的考え方(概要)
将来の生物兵器対処(イメージ図)
生物兵器対処に係る基本的考え方


生物兵器対処に係る基本的考え方(概要)

平成14年1月
防衛庁

1. 趣旨
 平成13年4月に「生物兵器への対処に関する懇談会」から防衛庁長官に報告書が提出
 平成13年5月に「生物兵器対処に係る連絡会議」を設置
 平成13年10月に米国で炭疽による死亡者が連続して発生し、生物剤使用の脅威が顕在化
 生物兵器の脅威及び想定される事態を踏まえ、総合的な生物兵器対処に取り組むことが重要であり、本件は施策の全体像及び方向性を示すもの
2. 生物兵器の脅威 
(1) 生物兵器の拡散
 冷戦終結後、非対称的な攻撃手段を求める国家やテロリストが生物兵器を取得・開発・製造・使用することが新たな脅威として懸念
(2) 生物兵器の特徴
 軍事目標への攻撃、一般市民への攻撃及びテロの手段のいずれにも使用可能
(3) 脅威となる生物剤
 当面は炭疽菌と天然痘ウイルスとが中心だが、ボツリヌス菌(毒素)、ペスト菌及び将来的には未知の生物剤も視野
3. 防衛庁・自衛隊が対処すべき事態及び政府全体の中での役割 
(1) 防衛出動に至らない場合(生物テロ)
 災害派遣等及び治安出動に際しては、内閣が定めた役割分担が基本
(2) 防衛出動により対処する場合
 一般国民に被害が生じた場合における政府全体の対処体制の整備は今後の課題
(3) その他
 海外で活動中の自衛隊部隊等の防護
 各自衛隊の連携
4. 基本方針
(1)  防衛庁・自衛隊としては、国家防衛の任務を適切に遂行し、また生物兵器使用に対する抑止効果を高めるため、自隊防護能力を備えることにより各種任務を遂行・継続できる能力を確保することが急務。また、これにより整備する能力を基に、関係省庁との連携の下、一般の国民に生じる被害への対処を政府全体として考えていくべき
(2)  防衛庁・自衛隊は、厳しい財政事情の制約を踏まえつつ、広範多岐に亘る生物兵器対処能力及びそれに必要となる基盤を早期に、総合的かつ着実に整備すべき
5. 生物兵器対処に向けた整備の基本的考え方
(1) 機能保持に向けた基盤整備の在り方
検知及びサーベイランス
 生物剤の有無の検査及び汚染地域の特定並びに感染症発生状況の把握
 検知器材の整備
 広範囲に亘る検知システムの構築の検討
 工学・バイオテクノロジー等専門家の育成
 自衛隊員を対象とした健康情報の迅速な把握と分析体制の整備
 疫学専門家の育成
同定
 生物剤の種類の同定及び病原性等の特徴の把握
 微生物に対する検査体制の整備
 高度な同定施設(BSL-4)については、政府全体での調整を基本としつつも、防衛庁・自衛隊としても同種設備等の保有について検討
 微生物等基礎医学専門家の育成
防護
 防護器材の能力向上
 施設の防護性の向上
予防
 生物剤に対する予防接種等の検討
 生物剤に対する各種ワクチン等の安定的取得方策の追求
 ワクチンに係る検討会を設置
診断・治療
 病原体を外に漏らさない構造を有する感染症病室及び検査室の整備
 診断・治療面における自衛隊病院や防衛医大病院等の整備・充実
 治療薬など必要な医薬品の備蓄
 生物剤に対する知識及び診断治療技術を有する医官等の育成
 生物兵器対処セミナーを実施
 診断・治療指針の策定
除染
 適切な剤の確保及び傷病者除染ユニット等の整備
 艦内、機内及び施設内の除染法の確立
(2) 総合的な生物兵器対処能力の整備
生物兵器対処委員会の設置
 運用局長を長とする生物兵器対処委員会を設置
訓練及び運用研究の充実
 図上演習や実動訓練の実施及び運用研究による対処能力の向上
即応態勢
 専門家を育成し、専門的なチームの編成・派遣を検討
国際的取組への協力
 国際機関への防衛庁職員の派遣
情報の公開・広報
 適切な秘密保全が必要。他方、国民の理解を深め信頼と協力を得る観点から、可能な範囲で情報の公開と広報を実施
その他
 装備品を部隊で使用するまでの手続の迅速化
 研究開発分野における防衛医大、技術研究本部及び各自衛隊の役割の明確化
6. まとめ
 今回問題点を整理したが、関係省庁との連携の下、状況の変化を踏まえながら生物兵器対処への取組を常時改善していくことが必要

 


将来の生物兵器対処(イメージ図)

将来の生物兵器対処(イメージ図)

 


生物兵器対処に係る基本的考え方

平成14年1月
防衛庁

1. 趣旨
 先般、米国において同時多発テロ事件や炭疽菌を用いた事案が発生したが、防衛庁においては、このような事態にも適切に対応できるよう、必要な態勢の整備に努めてきたところである。平成7年に策定された防衛計画の大綱では、テロリズムにより引き起こされた特殊な災害を含む各種の事態への対応を防衛力の役割の一つとして位置づけるとともに、平成12年に策定された中期防衛力整備計画(平成13年度~17年度)においても、ゲリラや特殊部隊による攻撃、核・生物・化学兵器による攻撃等、各種の攻撃形態への対処能力の向上を図ることとしている。
 このような枠組みの下、防衛庁においては、平成12年5月より部外有識者からなる「生物兵器への対処に関する懇談会」を開催し、生物兵器が使用された場合に防衛庁・自衛隊に必要となる対処能力について主として医学分野における専門的な観点からの検討を行った。その後、平成13年4月に防衛庁長官に提出された「生物兵器への対処に関する懇談会報告書」等を踏まえ、運用面の観点から生物兵器対処に係る基本的考え方を整理し施策の全体像を示すため、平成13年5月に庁内に「生物兵器対処に係る連絡会議」を設置し、検討を行ってきた。本会議の8月の中間取りまとめ及び10月5日以降米国で炭疽による死亡者が複数発生し生物剤使用の脅威が顕在化したことを踏まえ、平成13年度補正予算において必要な基盤整備の前倒しや新たな整備を実施したところである。今後とも、防衛庁・自衛隊としては、生物兵器の脅威及び想定される事態を踏まえ、総合的な生物兵器対処に取り組むことが益々重要になってきている。
 本件は、生物兵器対処に取り組むべき施策の全体像及び方向性を示すとともに、各種の施策を一体的・体系的に推進するための指針となるように、運用面の観点から、「生物兵器対処に係る基本的考え方」として取りまとめたものである。
2. 生物兵器の脅威
(1) 生物兵器の拡散
 冷戦の終結後、大量破壊兵器及びその運搬手段の世界的な移転・拡散が新たな脅威として懸念されている。大量破壊兵器が使用された場合、大量無差別の殺傷や広範囲な地域の汚染を生じる可能性があることから、このような移転・拡散への対応は、我が国を含め、国際社会が抱える大きな課題となっている。特に、生物兵器については、比較的安価で製造が容易であるほか、製造に必要な物資・機材・技術の多くが軍民両用であるため偽装も容易である。従って、生物兵器は非対称的な攻撃手段を求める国家やテロリストにとって魅力のある兵器となっている。
 例えば、北朝鮮は、1960年代以降生物戦能力を追求しており、炭疽菌等の生物剤の製造に使用できるインフラを保有し、使用可能な生物兵器を保有している可能性もあると指摘されている。また、イラクは湾岸戦争前に炭疽菌等かなりの量の生物剤を製造・兵器化していた。イラクはその後全ての生物剤を廃棄したと主張しているが、信頼できる証拠の提示はなく、国連による査察を拒否し続ける中で生物兵器計画の再開が疑われている。
(注)
 更に、国家のみならずテロリストといった国家以外の主体による生物兵器の取得・開発・製造・使用の危険が高まっている。昨年9月の米国同時多発テロ事件でも明らかなように、今日、テロの脅威は極めて深刻な問題となっており、仮にこのようなテロリストが生物兵器を保有するに至った場合、これがテロの手段として利用される危険性がある。我が国においても、オウム真理教により炭疽菌の散布等が試みられ、近時では、米国で一連の炭疽菌入り郵便物事件が発生したほか、アルカイダが生物兵器を取得・開発・製造していた可能性が伝えられているところである。
 このように生物兵器の拡散が国際的に懸念される現状に鑑みれば、我が国に対して、あるいは我が国において生物兵器が使用される可能性を軽視することはできず、従来よりも取組を一層充実強化することが必要である。
(注)  北朝鮮及びイラクの状況については、米国防省「拡散:脅威と対応」(2001年1月)等による。
(2) 生物兵器の特徴
 生物兵器には、 製造が容易で安価である、 曝露から発症までに通常数日間の潜伏期が存在する、 使用されたことの認知が困難である、 実際に使用しなくても強い心理的効果を与えることができる、また、 生物剤の種類及び使用される状況によっては、膨大な死傷者を生じさせるといった特徴がある。
 このような特徴から、生物兵器は軍事目標への攻撃、一般市民への攻撃及びテロの手段のいずれにも使用可能であり、その機能は戦略兵器、戦術兵器、及びテロの手段に大別されると考えられる。生物兵器の使用者は、戦略兵器としては、相手国の一般市民を大量に殺傷し、また政経中枢の機能を麻痺させることにより当該国を屈服させる手段として、またはこのような行為の可能性を示すことによる威嚇により他国に自己の意思を強制する手段として、また既に防衛行動を開始している相手国に対しては、一般国民に甚大な被害を生ぜしめることにより相手国の抵抗の意思を低下させる手段としての効果を期待することが予想される。戦術兵器としては、他の武力攻撃の方法に対処するための他国の軍隊等による防衛行動を妨害するための手段としての効果を期待することが予想される。生物兵器は、テロとして一定の政治目的を達するために一般市民の大量殺傷やその威嚇に効果的に用いられることが予想されるほか、社会に不安又は恐怖を抱かせること自体のためにも使用される事態が想定されるところである。
 我が国の平和と独立を守り、国民の生命・財産を守ることを任務とする防衛庁・自衛隊としては、これらの脅威が顕在化した場合にも我が国の安全を確保し、社会の動揺を防止し、また我が国が不当な政治的要求に屈することのないよう、適切な対処態勢を整備・維持することが必要である。
(3) 脅威となる生物剤
 生物兵器として、細菌、ウイルス及びリケッチアといった生物剤が使用されることが想定される。
当面の脅威
 当面の脅威は、使用される可能性が高く、エアロゾルで散布され、致死率が高いなど、使用されたときの影響が大きいと考えられる炭疽菌と天然痘ウイルスが中心であるが、ボツリヌス菌(毒素)やペスト菌等も視野に入れる必要がある。
 炭疽菌は、皮膚、消化管及び呼吸器から侵入し、重篤な感染症を引き起こす細菌であるため、被害が生じた場合に救援活動を行う要員は、防護用マスク等の装着や状況により事前の抗生物質の予防内服などの2次被害を防止する措置を講ずる必要がある。
 天然痘ウイルスは、空気感染し、感染力が強いことから、2次被害を防止する措置として、適切な防護衣等の装着や事前のワクチン接種などが必要になる。
将来的な脅威
 将来的な脅威としては、遺伝子工学により毒性強化や薬剤抵抗性の強化等を行った未知の生物剤、特定の民族に対してのみ作用するジェネティック・ウェポン及び動植物に対する攻撃等についても想定する必要がある。近年の遺伝子工学は急速に進歩しており、また2003年に各国の研究機関が取り組んでいるヒトゲノム計画が完了する予定であることに鑑みれば、これらの脅威への対処は近い将来における現実の課題として認識する必要がある。
3. 防衛庁・自衛隊が対処すべき事態及び政府全体の中での役割
 国家又はテロリスト等の団体が我が国に対して生物兵器を用いた加害行為を行う場合、今後防衛庁・自衛隊が対処すべき事態の主な例として、以下の事例が考えられる。
(1) 防衛出動に至らない場合(生物テロ)
災害派遣等
 我が国において生物テロが生じた場合、第一義的には、警察・消防機関のほか厚生労働省等が対応することとなると考えられるが、自衛隊としては陸上自衛隊の化学科部隊及び各自衛隊の衛生部隊等が中心となって被災者の救助等の支援活動を行うことが考えられる。具体的には、関係省庁の依頼に基づく緊急輸送などの官庁間協力を行うほか、都道府県知事等の要請による災害派遣(自衛隊法第83条第2項)を行うことが想定される。当面の脅威のうち炭疽菌に対しては、隊員の2次被害を防止するため、必要に応じ予防内服を行うとともに、防護衣、防護マスク等の予防措置を講ずれば患者の搬送や消毒、医療活動について概ね実施可能である。これに対し、感染力が強い天然痘に対しては、同様の支援活動を行う際に特に慎重な予防措置が必要になる。
 なお、NBCテロを始めとする大量殺傷型のテロ事件が発生した際の政府全体の基本的な対処等について、平成13年4月16日内閣危機管理監決裁「NBCテロその他大量殺傷型テロへの対処について」(以下「大量殺傷型テロへの対処について」という。)が基本を定め、同年10月26日のNBCテロ対策関係省庁会議で示された「生物テロ対処役割分担表」において、防衛庁は、厚生労働省等による患者への対応のレベルを超える場合について、 対処方法等に関する情報提供・研修等の教育訓練、 防護衣・検知器材等の装備の配備、及び 感染症法に規定する都道府県知事の措置の支援として患者搬送、治療施設及び医療の提供、予防薬・治療薬の輸送・配布、検知(汚染場所の特定)、拡大防止、及び除染の各機能が求められているところである。現在、防衛庁・自衛隊は生物兵器に対する対処能力の基盤整備の途上にあるが、防衛庁・自衛隊としては、基本的にこの分担に基づく役割を適切に果たすことが必要である。
治安出動
 武装工作員の侵入といった事態に際して、当該者によって生物剤が使用される事態となるなど、一般の警察力をもって治安を維持することができない緊急事態であると認められる場合には、自衛隊が治安出動により鎮圧等の対処をすることになる。生物テロに際して内閣総理大臣の命令(自衛隊法第78条)または都道府県知事の要請(自衛隊法第81条)により治安出動を行う場合、国家公安委員会との協力関係については、平成12年12月に防衛庁長官と国家公安委員長との間で「治安出動の際における治安の維持に関する協定」が締結されているところであり、自衛隊としてはこれに従って警察と円滑かつ緊密に連携して任務を遂行することになる。
 なお、政府全体の役割分担については、「NBCテロその他大量殺傷型テロへの対処について」が基本を定めているところである。関係省庁等は警察機関が行う鎮圧及び捜査のための活動に対し積極的な支援・協力を行うことが求められており、防衛庁・自衛隊としても、これらの活動に可能な範囲で最大限の協力を行うべきである。
(2) 防衛出動により対処する場合
 我が国に対する外部からの武力攻撃があった場合、自衛隊は防衛出動(自衛隊法第76条)によりこれに対処する。この場合、生物兵器を用いた大規模なテロ攻撃といった手段が用いられることも考えられる。この際、自衛隊の任務は我が国を防衛することにあり、一義的には相手の生物兵器の運搬手段の破壊等によりその効果の波及を未然に防止することに努めるが、仮に当該兵器の使用を許した場合にも、その被害から自己を防護し、任務の遂行を継続し得る能力を保持することが必要である。
 また、自衛隊による一般国民の被災者の救援活動は、人口密集地及び政経中枢等が直接の生物兵器を用いた攻撃の対象となった場合のみならず、防衛庁・自衛隊を直接の目標とする生物攻撃の場合であって一般の国民に副次的被害が生じた場合にも必要となることが予想される。この場合における政府全体の対処体制の整備は今後の課題であるが、いずれにせよ自衛隊が確たる自隊防護能力を備えておくことが大前提となる。
(3) その他
海外で活動中の自衛隊部隊等の防護
 近年、自衛隊の部隊等が海外で活動する機会が増大している現状及び生物テロの脅威の顕在化に鑑みれば、当該部隊等が派遣先国又は中継地等において突発的な生物テロに巻き込まれる可能性は排除できない。仮にこのような事態に遭遇した場合、少なくとも当該危険地域から撤収するまでの間、生物剤からの隊員の保護が必要となるため、海外で活動する部隊等の編成・装備についても留意しておく必要がある。
各自衛隊の連携
 自衛隊が生物兵器への対処に際して適切な自隊防護を行うためには、陸・海・空各自衛隊の緊密な連携が必須である。
4. 基本方針
 以上、「2.」及び「3.」において生物兵器の脅威並びに防衛庁・自衛隊が対処すべき事態及び政府全体の中での役割について述べたが、これを以下のように再整理することができる。
(1)   防衛庁・自衛隊としては、国家防衛の任務を適切に遂行し、また生物兵器使用に対する抑止効果を高めるため、自隊防護能力を備えることにより各種任務を適切に遂行し、継続できる能力を確保することが急務である。なぜなら、我が国に対し生物兵器を用いた加害行為を意図する者に対し、そのような行動が成功しそうにないことを自衛隊における対処能力・態勢の整備・充実という客観的な事実で示すことは、そもそもの生物兵器使用の意欲を失わせ、我が国に生じる被害を未然に防ぐ最も有効な方法の一つであるからである。また、これにより整備する能力を基に、関係省庁との連携の下、一般の国民に生じる被害への対処を政府全体として考えていくべきである。
(2)  防衛庁・自衛隊は、現在の我が国における厳しい財政事情の制約を踏まえつつ、広範多岐に亘る生物兵器対処能力及びそれに必要となる基盤を早期に、総合的かつ着実に整備すべきである。
 以上の基本方針に基づき、今後必要な対処能力整備の基本的考え方を次章に述べる。
5. 生物兵器対処に向けた整備の基本的考え方
 防衛計画の大綱の下、現中期防衛力整備計画(平成13年度~平成17年度)において、NBC攻撃に対して探知・防護・除染・防疫・救出・治療等の面で効果的に対処し得るよう、人員、装備等の面で機能の充実を図ることとされているところである。以下、上記の探知から治療に至る一連の機能とそれ以外の分野について、中長期的な施策の在り方を示す。(注)なお、いずれの分野についても、厚生労働省等の関係省庁及び部外研究機関等との交流・協力が行われることが望ましいことに留意すべきである。
(注)  今後、探知から治療に至る一連の機能については、生物兵器対処に特有な機能に特化して記述する。
(1) 機能保持に向けた基盤整備の在り方
検知及びサーベイランス
 生物剤の有無の検査及び汚染地域の特定並びに感染症発生状況の把握が可能であることが必要である。この機能を獲得するために、以下の事項を整備目標とする。
検知器材の整備
 検知器の性能として、携帯性、利便性、迅速性の向上のほか、遠隔操作性及び広域の汚染状況把握と拡大予測に関する機能が必要
広範囲に亘る検知システムの構築の検討
各種器材・装備品等の技術研究開発を行う工学・バイオテクノロジー等専門家の育成
(検知)
 生物剤の有無を検査し、汚染地域を特定することは、部隊の被害を最小限に抑えるための対抗措置を実施する上で不可欠な機能であり、一連の生物兵器対処行動の端緒をなすことから、その巧拙が以後の行動に大きく影響する。平成14年度に野戦型の検知装置等の運用研究が予定されているが、今後は、特に基地等の施設や展開する部隊等を防護する上で、広範囲にわたる地域を継続的に警戒する能力が必要とされる。このため、これらの機能を有する器材の整備が急がれ、併せて、検知器材の運用研究を進めることが求められる。他方、展開する個々の隊員に検知能力を保持させる上で、携帯型で迅速・簡便な検知装置等の整備を行う必要がある。
 さらに長期的な目標として、大気中の生物剤エアロゾルの確認などに関し、長距離対応の検知器の保持や、個々の検知器に遠隔操作性を付与することにより、汚染地域でのより安全かつ広範囲に及ぶ検知活動を可能にすること等についても検討していく必要がある。
 我が国の生物兵器対処技術は構築の緒に付いたばかりであり、これらの装備システムに必要な技術を全て国内技術で対応することは難しく、当面は、外国からの技術の導入が必要となるものと考えられる。しかし、これらに関連する技術については貿易管理上の規制対象に該当するものも含まれるため、技術の導入が困難となる恐れもある。そのため、国内におけるこれらの技術を向上させるために、技術研究本部においては平成13年7月に生物武器防護を担当する研究室を編成した。今後この技術を向上させるために、装備品等の技術研究開発を行う工学・バイオテクノロジーの専門家の育成を図る必要がある。
(サーベイランス)
自衛隊員を対象とした健康情報の迅速な把握と分析体制の整備
事態発生時に適切な対応を助言できる疫学専門家の育成
 国内外の感染症発生状況を把握することは、密かな攻撃(Covert attack)への対処に不可欠であり、併せて自衛隊員を対象として健康情報を迅速に把握し分析できる体制を整備していくことも必要である。このため、情報が迅速に把握できるように、「自衛隊における感染症対策に関する訓令」の見直し及び発生動向の把握をネットワーク化したシステムの構築が求められる。
 さらに、情報の収集分析の迅速化に資するため、国内外の関係機関との人事交流を発展させることが必要である。事態発生時に適切な対応を助言できる疫学専門家を育成する観点から、平成12年度より、国立感染症研究所において医官の研修を実施しているところである。
同定
 生物剤の種類の同定及び病原性等の特徴の把握が可能であることが必要である。この機能を獲得するために、以下の事項を整備目標とする。
微生物に対する検査体制の整備
 遺伝子解析装置の整備及び高度な同定施設の必要性の検討
 緊急に展開できる野外展開用高度検査設備の取得の必要性を検討
生物剤の取り扱いを熟知した微生物等基礎医学専門家の育成
 国内外の関係機関等との人事交流及び技術協力に向けた枠組みの構築
 使用された生物剤の種類を早期に同定しその病原性等の特徴を把握することは、適切な対処を行う上で最も基本的な事項である。このため、遺伝子操作が加えられていない炭疽菌やペスト菌等の同定を迅速に行うため、平成13年度末までに遺伝子解析装置を導入するところである。また、平成19年度に改築後開院予定の新・自衛隊中央病院においてはBSL-3(注)相当の検査施設の設置が望まれ、防衛医科大学校(以下「防衛医大」という。)においても同様の施設の整備が望まれる。しかしながら、天然痘を始めとして極めて感染性の高い生物剤を培養し、その特徴を分析するためには、感染性の高い微生物を封じ込める施設(BSL-4の施設)が必要とされるところである。このような高度な同定施設については、政府全体での調整を基本としつつも、防衛庁・自衛隊としても同種設備等の保有について検討すべきである。また、自衛隊が海外等で活動する事例が増大していることに鑑みれば、所要の同定作業を現地で実施可能な野外展開用高度検査設備(BSL-3相当)の取得の必要性を検討すべきである。なお、人材の育成については、国内外の関係機関等との人事交流、技術協力に向けた枠組みの構築が必要である。
(注)  BSL: Biosafety Level の略。微生物を取り扱う場合の封じ込めレベルを示す取り扱い安全基準のこと。
防護
 防護マスク等の物理防護が必要であり、このために生物剤に対して有効な防護器材及び重要施設等に生物剤を取り込まないような設備の整備が必要になる。この機能を獲得するために、以下の事項を整備目標とする。
防護器材の能力向上
 機動性が高く、長時間の行動にも耐えうる防護器材の取得
施設の防護性の向上
 空調設備へのヘパフィルター設置の検討
 生物剤を用いた武力攻撃には様々な形態が考えられるが、いずれの場合に対応するためにも、汚染地域での活動を行うために防護マスク等の装備を質・量ともに充実させることが急務である。
 防護器材については、NBC防護に共通するものとして既存の装備の活用が考えられる。これらについて、生物剤への有効性を検証しつつ、能力を向上させ、所要の数量を整備していくことが急務である。平成13年度補正予算により、気密防護衣を整備するとともに、平成14年度予算等では、部隊用防護装置、艦艇等におけるNBC防護器材等を整備することとしているところであるが、我が国においてはこれらの防護器材の有効性を適切に検証できる施設の確保が困難であるため、例えば信用に足るデータがあればこれを部隊の使用に適していることを証する資料に援用するなどして、部隊で使用するまでの手続を迅速化することが望まれる。また、より機動性に優れ長時間の行動が可能な防護器材の取得についての検討も必要である。長期的には、これらの点を踏まえた防護器材の整備が求められることから、防衛庁外の施設を含めた検証施設の利用について検討を行う必要がある。
 更に、空調設備へのヘパフィルターの設置の拡充や排出装置の付設等により、重要施設には生物剤を取り込まないような機能を付加することも必要である。
予防
 生物剤に対する予防接種を適切に行うことが必要であり、このため予防接種対象者の範囲等の検討が必要になる。この機能を獲得するために、以下の事項を整備目標とする。
生物剤に対する予防接種等の検討
 ワクチンに係る検討会を設置
生物剤に対する各種ワクチン等の安定的取得方策の追求
 生物剤に対する対抗措置として、予防接種及び予防投薬の実施があげられる。天然痘については、平成13年度中に痘瘡ワクチンを所要量確保できる見通しとなったが、医官等のハイリスクグループへの計画的な接種など、なおその投与対象及び投与方法について整理する必要がある。また、炭疽菌、ペスト菌等に対するワクチン等については、国内で使用が認可されていないなど、その実施について検討すべき課題がある。これらの微生物に対するワクチンには一般的な国内需要がないことから、現状のままでは今後とも海外からの入手に依存することになるため、生物剤に対する各種ワクチンの安定的取得方策を追求することが必要である。
 以上のことから、衛生担当防衛参事官の私的懇談会として平成14年度に設置することを予定していたワクチンに係る検討会を平成13年度に前倒しして設置するなど、生物剤に対する予防接種等の検討を急ぐこととする。
診断・治療
 患者及び感染者に対する診断及び治療を適切に行えることが必要であり、このために治療薬の備蓄及び多数の患者等が発生した場合の対応を明確にする必要がある。この機能を獲得するために、以下の事項を整備目標とする。
生物剤による患者及び感染者に対して適切な治療を行うために、病原体を外に漏らさない構造を有する感染症病室及び検査室の整備
 多様な感染症に対応可能な病室及び緊急に展開できる感染症受け入れ設備を検討
診断・治療面における自衛隊病院や防衛医大病院等の整備・充実
治療薬など必要な医薬品の備蓄
生物剤に対する知識及び診断治療技術を有する医官及び看護官等の育成
 国内外の関係機関等との人事交流及び技術協力に向けた枠組みの構築
炭疽のみならず天然痘、ボツリヌス及びペストに対する診断・治療指針の策定
 適切な診断を行うためには、前述した同定施設が不可欠であり、各自衛隊病院においては、必要に応じてニーズに対応したBSLの検査室を体系的に整備することを検討すべきである。また、治療面では、今後増大すると思われる国連平和維持活動等の国際的活動を視野に入れた場合、コレラや腸チフスに対応する病室のみならず、例えば当面生物兵器として利用される可能性が大きいと思われる天然痘にも対応可能な病室の整備も検討すべきである。今後防衛庁が全体として保有すべき感染症病床や診断・治療面の在り方については、更に検討していくべきである。
 なお、今後の部隊の運用ニーズを考慮すれば、野外での展開が可能な感染症患者の隔離ユニットの整備を検討すべきである。他方、これら生物剤関連の診断・治療に関する知見を高めるため、国内外での研修を行うとともに、防衛医大病院においても感染症部門等の診断・治療面における整備・充実の検討が必要である。
 各自衛隊病院及び医務室で必要な治療薬等については、平成13年度中に救急医薬品として整備することとしているところである。生物剤に対する知識及び診断治療技術を有する医官及び看護官等衛生職種の人材育成については、平成12年度より生物剤を含めNBC対処関連の衛生技術情報の収集を目的に、米陸軍感染症研究所を中心に関連施設での研修を実施中である。さらに、平成14年度より生物兵器対処能力の向上を図るため、自衛隊病院と感染症専門機関とのネットワークの構築を目的として生物兵器対処セミナーを実施する。さらに、防衛医大の医学科学生に対して生物剤対処に関する基礎的教育も行う必要がある。
 そのほか、生物剤の曝露を受けた場合等に対応した診断・治療指針の作成が急がれる。
除染
 状況に応じた汚染除去の実施が必要であり、この機能を獲得するために、以下の事項を中長期的な目標とする。
適切な剤の確保及び傷病者除染ユニットの整備
艦内、機内及び施設内の除染法の確立
 生物剤の除染器材については、NBC防護に共通するものとして、既存の装備の活用が考えられるが、生物剤への有効性を検証しつつ、能力向上及び所要の数量の整備が急がれるところである。平成13年度補正予算では、あらゆる生物剤に対して除染効果を有する塩素酸塩系除染剤(さらし粉等)を確保することとしており、さらに、生物剤等に曝露した者を除染するための傷病者除染ユニットを整備することとしている。
 なお、重要施設(室内)及び展開時の部隊等(艦内及び機内)の除染方法の開発が急がれるが、さらに有効な除染剤の開発と取得が求められる。更に、生物剤で広い範囲が汚染された場合に汚染領域の拡大を防ぐための手法の開発が必要である。
(2) 総合的な生物兵器対処能力の整備の在り方
 想定される生物剤の脅威に適切に対処するためには、上記の広範多岐に渡る、機能のそれぞれの分野の知見や情報を総合的に集約し、全体としての運用能力を段階的に高めるために以下の態勢整備が必要である。
生物兵器対処委員会の設置等
 本件「基本的考え方」の着実な推進を図るとともに、防衛庁内での関係部署間での情報・知見の総合的な集約・交換等を行い、状況の変化に応じた見直しを適切に行っていくため、運用局長を長とする「生物兵器対処委員会」を設置するとともに、運用面から一元的に推進するため生物兵器対処部門の充実を図る。
訓練及び運用研究の充実
 図上演習や実動訓練を実施し、自衛隊の生物兵器対処能力を向上させる必要がある。このため、生物兵器対処装備の装備化までは、現在保有する能力を最大限に発揮するための訓練を継続して実施していくことが重要である。
 さらに、現時点で使用できる器材を用いて一連の機能について運用研究を早期に行い、今後の資とすることが適切である。
即応態勢
 生物兵器を用いた武力攻撃等に対しては、いずれの段階であれ、検知及び同定を基に疫学的に被害範囲を確定するとともに、その時点での予防、治療、除染等の一連の対処を総合的かつ迅速に立案し実施する必要がある。これらに的確に対応するためには高度な専門性が求められることから、当面、専門家を育成し、必要な場合には専門的なチームを編成し派遣するなどの対応を検討すべきである。
国際的取組への協力
 1975年に発効した生物兵器禁止条約(BWC)に条約遵守の検証規定がないことを受けて、1991年以降、BWC加盟国間で検証措置を含めた新たな枠組みについて議論が行われている。現時点では新たな枠組みについて加盟国の合意は得られていないが、将来交渉が妥結して新たな国際機関が創設されるような場合には、防衛庁・自衛隊としても当該機関への要員派遣等により国際的な軍備管理・軍縮に協力する必要がある。このような国際的な取組への協力には、防衛庁・自衛隊における生物兵器対処の透明性を向上させる効果も期待できるところである。
 また、二国間関係においても、各国の国防当局にワクチンに関する知見等を提供・交換するといった取組が考えられるところであり、特に同盟国である米国との間での進展が期待される。
情報の公開・広報
 非対称的な攻撃手段を求める国家やテロリストによる生物兵器の開発は今後急速に発達する可能性があることに鑑み、器材の性能のように我が国の生物兵器対処能力の水準を明らかにする事項については適切な秘密保全が必要である。他方で、防衛庁・自衛隊における他の施策への取組と同様に、生物兵器対処への取組についても、可能な範囲で情報の公開及び広報を行い、防衛に対する国民の認識と理解を深め防衛施策に対する信頼と協力を得るよう努めることが求められることに留意すべきである。このような取組により、不測の事態に際し国民の動揺を最小限に止め社会不安の拡大を予防することができると考えられ、ひいては我が国に対する生物攻撃または生物テロを抑止する一助となることが期待される。
その他
(装備品を部隊で使用するまでの手続の迅速化)
 生物兵器対処に関し、現在の自衛隊の能力に不足があることは否めず、早急に諸機能のバランスのとれた対処能力の構築が特に求められるところである。このため、装備品を部隊で使用するまでの手続について、例えば部外関係機関に由来する極めて信頼性の高いデータがあればこれを部隊の使用に適していることを証する資料に援用するなどして、部隊で使用するまでの手続を迅速化することが望まれる。
(防衛医大、技術研究本部及び各自衛隊の役割の明確化)
 生物兵器への対処に係る研究は、医学と工学の両面からの技術の蓄積に基づいて推進される必要がある。(例えば、技術研究本部が実施する装備品等の技術研究開発に当たっては、運用上の要求を明確にした上で、防衛医大における医学教育や基礎研究等の成果及び各自衛隊の研究成果を適切に反映させるなど、全庁的な取組として効率的に実施する必要がある。)
 このため、今後、防衛医大、技術研究本部及び各自衛隊の連携をより一層強化するとともに、これらの役割の明確化について検討を行う必要がある。
6. まとめ
 今回、防衛庁・自衛隊における総合的な生物兵器対処の基本的な考え方を運用面の観点から整理し、必要な施策の全体像を示したところである。防衛庁・自衛隊としては、本件検討結果を踏まえ、関係省庁との連携の下、現在の我が国の厳しい財政事情の制約を踏まえつつ、諸施策を推進していくことが必要である。もとより、今回の問題点整理の試みの成果が不必要に固定化されることは避けなければならず、防衛庁・自衛隊としては状況の変化を踏まえながら生物兵器対処への取組を常時改善していくことが求められる。

 

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