「自衛隊員のメンタルヘルスに関する検討会」中間報告

「自衛隊員のメンタルヘルスに関する検討会」委員
平成12年8月29日


 はじめに
 最近では、メンタルヘルス(心の健康)について多くの関心が払われるようになってきた。しかし、それにも関わらず自衛隊員の自殺は、昭和40年以降漸増している。本検討会は自衛隊が、隊員の多様化した悩みやストレス、精神疾患などに十分に対処しているかどうかを総合的に検証し、メンタルヘルスを支援する組織のあり方、メンタルヘルスに関する啓発のあり方、医療・カウンセリングのあり方などについて改善の資を得るために設置されたものである。
これまでに、2回の会合及び部隊視察を実施し、自衛隊におけるメンタルヘルスの現状と問題点を検討した。その結果を中間的に報告するとともに、自殺を企図する者やストレスで悩む隊員が、今この瞬間にも存在しているとの思いを持って、直ちに実現し得る施策を提言するものである。
 自衛隊におけるメンタルヘルス活動の意義
 メンタルヘルス活動は、個人が精神的疾病がない、甚だしい不安や苦悩がない、社会規範に順応している、自己実現がなされている状態を目指すものであり、個々の隊員の精神的健康を維持・向上させ、より効果的に活動できるように支援する諸活動である。
また、メンタルヘルスは個々の隊員のみならず、部隊(職場)における活力の向上、職務遂行の円滑化等にも寄与する。
更に、メンタルヘルスの充実はPKO、災害派遺等における隊員のストレス対策にも通じるものであり、国防という観点から見ても、隊員の「規律・団結・士気」を高め、精神的精強性を保持するために非常に重要である。
 自衛隊におけるメンタルヘルスに関連する対応の現状と問題点
(1)  メンタルヘルスに関する啓発教育
 精神科医官等により、一部、部隊単位でメンタルヘルスに関する啓発教育、指揮官教育が実施されているが、これらの教育は、散発的で、一貫性、継続性に欠けており、制度化されたものとはなっていない。また、その対象も隊員のみで家族は含まれていない。啓発教育資料として作成されている自殺防止、セクハラ、いじめ、カウンセリング等に関するビデオやパンフレット類の質は高いが、これらを活用して教育するためのシステムが、不十分である。
(2)  服務指導
 自衛隊における服務指導は、隊員の資質を向上させ職務の円滑な遂行を目指すものであり、個々の隊員の心情を把握し、生活指導(悩みの相談等を含む)を行うなど、部分的にメンタルヘルスに関する役割も担っている。しかしながら、価値観の多様化等のため、心情把握が難しくなってきており、服務指導が必ずしも十分にメンタルヘルス的な働きをしていない可能性がある。
(3)  カウンセリング
 一部の部隊では、隊員をカウンセラーに指名しており、部外カウンセラーを招へいしている駐屯地等もあるが、これらの活用状況は全般的に低調である。隊員の意識調査では、カウンセラーに相談するという者は3%弱であり、実績件数も、年々低下している。カウンセリングの活用が低調である原因としては次のような問題が指摘される。
 カウンセリングに関する啓発・広報の問題
 カウンセリングに関する啓発教育や活用促進のための広報が、ほとんど行われていない。
 カウンセラーの任務に関する問題
 ほとんどすべてのカウンセラーが、他の職務との兼務であるため、十分な時間をかけたカウンセリングが実施できない環境にある。また、カウンセラーが具体的にどのような活動をすべきか、何を期待されているのか等の任務や行動に関する基準が明確でない。
 カウンセラーの養成等に関する問題
 複雑・多様化する隊員のストレスや悩みに対応するためには、ある程度の専門性が求められるが、カウンセラーのために準備されている教育は、一週間の教育だけであり、必ずしも十分な実力が付与されていない可能性がある。
 秘密保全(プライバシーの保護)に関する問題
 相談者のプライバシーの保護は、カウンセリングにおける基本事項であるが、自衛隊のカウンセリングでは、共同生活の中で、結果として秘密が守られないケースが見受けられる。また、部内のカウンセラーには話しにくいとの声もある。カウンセリングは、セクハラ、いじめ等、上司と部下との関係で生じやすい問題をサポートする窓口となることが期待されているが、秘密保全が万全でないため、それらの問題に十分対応できるシステムとなっていない可能性がある。
 カウンセリングを行う場所に関する問題
 カウンセリング室の位置や設備も、安心して相談できる状況にあるとは言えないものが多い。
(4)  病院、医務室等の医療
 各駐屯地等には医務室が配置され、精神医学に関するプライマリーケア(*1)、を担当する。精神的問題を抱えた隊員は、医務室を通じるか、もしくは直接近郊の精神科病床がある地区病院(全国5病院)及び一部の外来診療のみを実施している地区病院を受診し、加療を受けている。しかしながら、次のような問題が指摘される。
 早期発見・早期治療に関する問題
 「精神科」に対する不安、受診に対する「恥」の意識、治療後の処遇の不安から、精神科への受診は現在なお躊躇されがちである。また部隊等で患者が発生した場合、どのように対処すれば良いのかに関する知識が乏しいため、誤った判断、場当たり的対応が取られることが多い。また、医務室の医官においても精神医学に関するプライマリーケアの抜能に差が認められる。
 医療機関のネットワークに関する問題
 医務室に対する地区病院等のバックアップ体制は十分とは言えない。また各地区病院における診療活動はそれぞれ独立しておりネットワーク化されていないため、自衛隊全体としてのメンタルヘルスに関する情報交換等に不備がある。遠隔地等の部隊では、医療サービスの提供が困難である。
 メンタルリハビリに関する問題
 精神障害等を有した隊員の処遇に関しては、部隊でその対応に戸惑いがあり、復職の上で混乱の生じることが多い。自殺が発生した後の部隊や家族に対する心理的ケアは組織立ってなされていない。また自殺の原因調査も精神医学的、心理学的視点が不足していると言える。
 要員の育成等に関する問題
 精神科医官、看護官等の育成と人事管理に計画性を欠く。また臨床心理士、作業療法士、ケースワーカー等の配備がなされていない。
 医療統計に関する問題
 自衛隊における精神疾患の発生状況は、統計処理に関するフォーマットが陸・海・空自衛隊で異なるため、的確に掌握できているとは言えない。
(5)  研究
 自衛隊のいくつかの研究機関では、PKO等の場面におけるストレスに関する研究が行われているが、未だ基礎的研究段階にとどまっている。またメンタルヘルス全般に関する研究は行われていない。
 自衛隊におけるメンタルヘルスに関する問題点の背景
(1)  メンタルヘルスに対する認識の不足
 個々の隊員に対する教育が徹底しておらず、メンタルヘルスに対する関心が乏しい。指揮官によって、その重要性に関する認識に大きな隔たりが存在し、カウンセリングと服務指導を混同したり、隊員の精神面の健康管理者としての意識が低い者もいる。またストレス対策への関心、精神疾患発生時の対処能力にも個人差がある。これらのことは自衛隊全般においてメンタルヘルスに関する認識が不足していることを示すものである。
(2)  メンタルヘルス活動のシステムの不備
 医療活動も地域に限局したもので、ネットワーク化が図られていない。メンタル面の障害の予防、リハビリ、環境整備に関する対策が図られていない。メンタルヘルス活動の一環として、部内の精神科医官や内外のカウンセラーによる「自殺防止教育」「メンタルヘルス教育」が実施されてはいるが、散発的で十分な成果を上げるには至っていない。また、陸、海、空自衛隊のメンタルヘルスに関する連携も乏しい。つまり、メンタルヘルスに関わる組織の連携が無く、メンタルヘルス活動が一貫性、継続性に欠けたものとなっている。このことは、各活動を統轄制御するシステムの不備を示すものである。
 直ちに実現し得る施策の提言
 自衛隊におけるメンタルヘルスに関する問題点等を分析した結果、メンタルヘルスに関する教育、メンタルヘルス活動のシステム作り、服務指導等の改善など、中・長期的なテーマとして取り組むべき課題も多く見られるが、以下の施策を直ちに実施することが有効であると提言する。
(1)  啓発教育の徹底
 メンタルヘルス、カウンセリングなどに関する啓発を推進するため、まず、「自殺防止」等従来のビデオや教育資料を活用した啓発教育を徹底するとともに、「うつ病」等に関する教育ビデオを作成する。
(2)  カウンセリング体制の強化
 カウンセリング制度の整備に関する検討を開始する。また、部内のカウンセラーには話しにくい相談に対応するため、部外のカウンセラーの活用を促進する。
(3)  自殺事故の事後介入
 自殺事故の発生に伴い、当該の部隊や隊員等への影響に対する心理的なケアを提供するため、専門家を中心としたチームを部隊に派遺する。また、このチームは自殺事故の医学的、心理学的観点からの調査を実施する。更に、自殺発生後の部隊は、メンタルヘルスに関する認識が高まっていることから、部隊に対し効果的なメンタルヘルス教育を提供する。このチームが部隊で活動することは、メンタルヘルスに対する組織の真剣な取組を示すことになり、メンタルヘルスの啓発を促進する。
(4)  デブリーフィング(*2)の研究・導入
 災害派遣やPKOに起因して発生するPTSD(心的外傷後ストレス障害)を予防するため、消防組織等で活用され始めているデブリーフィングを導入するための研究、要員の養成を開始する。
(*1)  最初に提供される医療サービス。ここでは、総合的な視点から一次的な診断・分類、診療が実施され、その後の専門的治療へとつなげていく役割がある。
(*2)  経験をグループで話し、感情を表現し、認識を統一することでストレスを軽減し、PTSD等を予防する手段

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