船岡駐屯地は、昭和12年、海軍の火薬庫「B廠」として建設が開始され、昭和14年に「海軍火薬廠本廠船岡支廠」として開庁し、各種爆薬の製造を開始しました。その後、施設を拡充、本格的な生産体制が整った昭和16年には「第1海軍火薬廠」と呼称を改め、戦争末期には毎日1万人近くが働く東洋で最大規模の火薬工場として終戦の日まで操業を続けました。
 戦後は米軍(駐留軍)により接収され、朝鮮戦争勃発の際には弾薬補給所として使用されましたが、昭和33年、米軍より駐留地の全面返還が行われ、駐屯地は一時閉鎖されました。その後、地元からの強い要望を受けて昭和35年、愛知県豊川市から第103建設大隊が移駐し陸上自衛隊船岡駐屯地として正式に発足しました。
 また、昭和37年に東北地区補給処船岡弾薬支処開設され、翌年、仙台から第2施設団本部が移駐、数回の改編を経て現在にいたっております。

◆ 略 史 ◆
昭和14年 8月  海軍火薬本廠船岡支廠開庁
昭和16年 4月  第1海軍火薬廠として独立
昭和20年 8月  終戦。米軍に接収
昭和25年10月  警察予備隊船岡部隊設立(船岡駐屯地開設)
昭和33年 6月  仙台へ部隊移動により駐屯地一時閉鎖
昭和35年 3月  第103建設大隊が船岡駐屯地に移駐
昭和37年 7月  東北地区補給処船岡弾薬支処開設
昭和38年 8月  第2施設団本部が船岡駐屯地に移駐
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