アッツ島守備隊長 山崎保代大佐
左 アッツ島での山崎大佐
爆撃を受けるアッツ島
アッツ島合同慰霊際(中島公園)
昭和18年5月29日午後9時10分、アッツ島から最後の電報が
届く。
「従来の懇情を感謝するとともに閣下の健勝を祈念する。」午後
10時30分、残存する約130名の将兵は山崎部隊長を先頭に
突撃を開始しました。
軍は、この戦いで初めて『玉砕』という言葉を使いました。