お知らせ
               


     

 この書類は明治2年7月から昭和20年6月までの間の、開拓使の

開庁に始まり、屯田兵の時代を経て陸軍第七師団の創設から終焉

に至る重要な事項が記されている。





                旅順要寒203高地の死闘
    

 現在開かれているページは、明治37年12月4日の師団命令の

要旨です。





〜左ページ訳〜 一 師団は明日二〇三高地攻撃を再興せんとす   軍の攻城諸砲兵第一師団はこれを援助するはず 二 203高地攻撃隊は昨日の訓令に基ずき突撃準備を完了し 機を見て突撃を   実行すべし 三 赤坂山攻撃隊は当面の敵を牽制すべし 四 砲兵隊は二〇三高地に向かい砲撃を開始し   且つ牽制のため赤坂山を砲撃すべし 五 騎兵連隊は友永少将の守備隊と協力し   師団の右側を警戒すべし 六 予備隊はナマコ山北麓に集合しあるべし 七 余は明日高崎山にあり

 翌5日攻撃部隊は、203高地への突撃に成功します。