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TEL. 011-581-3191

〒005-8543 北海道札幌市南区真駒内17番地

雪まつりさっぽろ雪まつり協力

第69回(2018年)

第69回雪まつり

「〜夢と感動を与え任務完遂〜」

 旅団は、平成29年10月5日から12月15日までの間及び平成30年1月7日から2月13日までの間、第69回さっぽろ雪まつり協力において大雪像2基の制作、雪輸送、音楽演奏を行いました。
 また、雪像制作期間には全員のヘルメットにステッカ「平和を仕事にする」を貼り、開催期間中には広報ブースを雪像近傍に開設して来場する方々に自衛隊の活動を広報し、会場に訪れた国内外の方に感動を与えることができた。
 


第68回(2017年)

第68回雪まつり

「〜夢と感動を与え任務完遂〜」

 旅団は、平成28年9月23日、第68回札幌雪まつり協力に伴う準備協定を締結し、雪像制作に必要な資材の収集及び模型の作成等を開始、平成28年11月21日、協力協定に調印し、本格的な協力が開始され2基の大雪像の制作、雪輸送及び音楽演奏をしました。
 協力団長の要望事項である「情熱をかけて取り組め」、「自衛隊らしい活動をせよ」を具現し、雪まつり開催期間を通じて、訪れた方々に感動を与え任務を完遂することができた。


第66回(2015年)

第66回雪まつり

〜夢と感動を与える任務を遂行〜

 第11旅団は、さっぽろ雪まつり協力団を編成し、大雪像制作等の協力を行った。
 1月7日から14日まで行った大通会場への雪輸送は、大型ダンプ1045両分、約5225トンとなった。
 雪輸送終了後、本格的な雪像制作を実施。雪像の粗削り、細部彫刻、アイスブロック制作・取り付けと昼夜問わず組織的に作業を行った。そして2月4日、4丁目会場の「雪のスター・ウォーズ」8丁目会場の「春日大社・中門」は無事完成し、任務を遂行した。


第65回(2014年)

第67回雪まつり

 第11旅団基幹で協力団を編成した、第65回さっぽろ雪まつりは、2月5日から11日まで開催した。 今雪まつりは暖気との戦いだった。1月末には季節外れの雨に見舞われ、完成を目前にして大規模な修復作業を強いられた。
 しかし、日本最大の冬のイベントを成功に導くとの思いを胸に、隊員たちは最後まで気を抜かず無事に大雪像を引き渡し、第65回さっぽろ雪まつり会場に訪れた多くの観客に感動を与えることができた。


第64回(2013年)

第64回雪まつり

 3基の大雪像を自衛隊が制作しました。「伊勢 神話への旅」は、日本の伝統文化などを世界中の人々に見ていただきたいと思い、三重県の伊勢神宮をコンセプトとした大雪像です。
「ワット・ベンチャマボピット」は別名大理石寺院と呼ばれているタイの仏教寺院です。タイ国王が初来日してから60周年を記念し、大雪像を制作しました。 「歌舞伎座」は東京都にある歌舞伎専用の劇場です。120年以上の歴史が受け継がれた歌舞伎の殿堂を雪で表現しました。来場者は236万7000人でした。

    

第63回(2012年)

第63回雪まつり

 3基の大雪像を自衛隊が制作しました。「雪の水族館〜海からの贈り物」は生命の力強さを伝え、まるで水族館や海の中にいるような、躍動感溢れる海の生き物たちの雪像です。
「タージ・マハル」は訳せば「宮殿の王冠」という意味で、大理石や28種類もの宝石・宝玉がはめ込まれ、世界一豪雨かな建物を雪で表現しました。     「会津 鶴ヶ城」は福島県会津若松市にあり、戊辰戦争の舞台となりました。
このたびの東日本大震災で被災された方々を元気づけようと制作しました。開催期間中の来場者は、約204万人でした。


第62回(2011年)

第62回雪まつり

 今回は実行委員会が要望したテーマは、北海道が観光王国として発展・成長していけるようにと願いを込めた「観光王国宣言!北海道」、日本と中華人民共和国の国交正常化40周年を記念した「天壇 祈年殿」、一般には非公開とされており、直接拝見する機会が年に数回しかない「国宝 本願寺 飛雲閣」、これら3基の大雪像を大通会場に制作した。
 好天に恵まれ開催期間中の来場者は昨年に並び大通会場・つどーむ会場併せて約242万人でした。


第61回(2010年)

第61回雪まつり

 大通会場に大雪像3基を制作しまし、「匠の技」を継承して第11旅団として2回目の協力でした。今回の雪像は絶滅の危機いさらされる野生動物を取り巻く地球環境を守るために制作した「北の動物園」、雪まつり至上最高の高さ26mの「フラウエン協会」や大百済展と平城遷都1300年際が協力しあう記念として「韓国・大百済宮」などを制作しました。


第60回(2009年)

第60回雪まつり

 大通会場に大雪3基を制作し、「匠の技」を継承し、第11旅団として初の協力でした。第2会場が「さとらんど会場」から「つどーむ会場」に変わりました。 来場者は大通会場で約182万人でした。この年は、師団改編により総合近代化旅団として生まれ変わりました。


第59回(2008年)

第59回雪まつり

 大通会場に大雪像3基を制作、この年は雪不足のため計画通りに雪輸送が進捗せず、増強輸送隊を投入し、輸送力を増強しました。採雪場所は10ヶ所にも及びました。
 観客動員数は大通会場で約190万人、さとらんど会場で約26万人の併せて約216万人でした。


第58回(2007年)

第58回雪まつり

 大通会場に大雪像「国宝彦根城 」「チャックリー・マハー・プラサート宮殿」の2基を制作、この年は暖冬で雪が少なく遠方の採雪場所から雪輸送しました。また、1月31日には雨が降り雪像制作に影響がありましたが、無事に完成することができました。
この年の観客動員数は大通会場で約200万人でした。


 

第57回(2006年)

第57回雪まつり

 2005年の第56回で「真駒内会場」が閉鎖になり、この年から大通会場に大雪像3基のみ制作となりました。
 観客動員数は大通会場で181万人、さとらんど会場に18万人の併せて199万人でした。この年から雪像制作が各部隊グループ編成となり、各部隊の垣根を越えて「匠の技」の継承が開始された年でした。


 

第56回(2005年)

第56回雪まつり

 平成17年2月13日のファイナルステージをもって、真駒内会場は、40年に亘る歴史の幕を閉じました。最後は大雪像4基を制作し、約43万人の来場がありました。
 真駒内会場40年の歴史で制作した雪像は、大雪像、中雪像あわせて約270基、運んだ雪の量は大型トラックで延べ約13万台に及び、雪像制作に携った隊員は延べ約52万人、観客動員数は延べ約2300万人になりました。


 

第55回(2004年)

第55回雪まつり

 大通会場に大雪像3基、真駒内駐屯地に大雪像5基を制作し、観客動員数は大通会場で約182万人、真駒内会場で約36万人でした。
この年は、雪まつり開催後に、第2次イラク復興支援群の派遣がありました。


 

第53回(2004年)

第53回雪まつり

 大通会場に大雪像3基、真駒内会場に大雪像5基を制作し、観客動員数は大通会場で約190万人、真駒内会場で約40万人でした。
この年から市民雪像への自衛隊員による技術協力が始まりました。


第50回(1999年)

第50回雪まつり

 大通会場に大雪像4基、真駒内会場に大雪像6基を制作し、観客動員数は大通り会場約180万人、真駒内会場約211万人でした。


第44回(1993年)

第44回雪まつり

 中島公園会場が廃止となり、すすきの会場、大通会場、真駒内会場の3会場で雪氷像を340基制作し、観客動員数は各会場あわせて約204万人でした。
この年は、雪まつり開催後にカンボジアPKOに第2次施設大隊派遣及び北海道沖南西地震災害に対する部隊派遣がありました。


第41回(1990年)

第41回雪まつり

 すすきの会場、大通会場、真駒内会場に加え中島公園会場が新設され4会場となったこの年は、雪氷像を348基制作し、観客動員数は4会場あわせて約211万人でした。


第34回(1983年)

第34回雪まつり

 すすきのが正式会場となり、大通、真駒内とあわせて3会場になりました。
この年は、大通会場で雪像3基、真駒内で大雪像5基、中雪像2基を制作し、観客動員数は大通会場約141万人、真駒内会場約34万人でした。


第16回(1965年)

第34回雪まつり

 さっぽろ雪祭り真駒内会場が正式に第2会場となり、大雪像4基、中雪像32基を制作しました。
真駒内会場の観客動員数は約137万人でした。


第14回(1963年)

第14回雪まつり

 昭和38年、39年には毎日新聞社の全面的な協力を得て「真駒内駐屯地スノーフェスティバル」が開催され、広く市民に公開されました。
これが真駒内会場が第2会場となるきっかけでした。


第13回(1963年)

第13回雪まつり

 第11師団(現在の第11旅団)による協力は、札幌市長の要請を受け、師団創設の年に大通会場での雪像制作により開始されました。
自衛隊としても地域にとけ込み、国民に理解されるための接点を探し求めていた時代でもありました。大雪像3基を制作し、大通会場の観客動員数は約89万人でした。


第7回(1963年)

第7回雪まつり

真駒内駐屯地では昭和31年頃から部隊独自で雪像コンクールが行われていました。雪像は隊員と家族のレクレーションのためでしたが、立派な雪像には大きな滑り台が付いており、地域住民からうらやましがられ 、やがて「一般市民にも公開してはどうか」と言う声が出るようになりました。


第6回(1955年)

第6回雪まつり

 自衛隊が始めて制作に参加した年で、制作は第101通信大隊(現在の北部方面通信群)が大通会場で高さが11メートルの巨大なマリア像「栄光」を制作し1、見事な出来栄えで会場を圧倒したといわれていわれています。
これにより、自衛隊を中心に雪像の大型化・芸術性が高められていくこととなりました。


第5回(1954年)

第5回雪まつり

 昭和29年には陸上自衛隊が誕生、真駒内駐屯地が開設されました。
 


第4回(1953年)

第4回雪まつり

札幌市長の要請により、大通会場野外ステージで音楽隊による演奏を実施しました。


第1回(1950年)

第1回雪まつり

 さっぽろ雪まつりは、昭和25年に市民の雪捨て場だった大通西7丁目で市内の3つの高校、2つの中学校の生徒が制作した6基の雪像でスタートしました。
この年は警察予備隊が発足しました。