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さっぽろ雪まつり協力

第1回・第3回

1950年・1952年
さっぽろ雪まつりは、昭和25年に市民の雪捨て場だった大通西7丁目で、市内の三つの高校、二つの中学の生徒が制作した6基の雪像でスタートしました。この年、警察予備隊が発足され、後に保安隊となりました。

第4回

1953年
札幌市長の要請により、大通会場野外ステージで音楽隊の演奏を実施しました。

第5回

1954年
昭和29年には陸上自衛隊が誕生、真駒内駐屯地が開設されました。

第6回

1955年
雪像制作は、第101通信大隊、現在の北部方面通信群が、大通会場でマリア像「栄光」を制作したのが、始まりで、この雪像は高さ11mもあり、見事な出来映えで会場を圧倒したといわれています。これにより、自衛隊を中心に雪像の大型化・芸術性が高められていくことになりました。
こちらから写真をみることが出来ます。

第7回

1956年
真駒内駐屯地では、昭和31年頃から部隊独自で雪像コンクールが行われていました。雪像は、隊員と家族のレクレーションのためでしたが、立派な雪像には大きな滑り台が付いており、地域住民かうらやましがられ、やがて「一般市民にも公開してはどうか」と言う声が出るようになりした。

第13回

1962年
第11師団による協力は、札幌市長の要請を受け、師団創設の年に大通会場での雪像制作により開始されました。自衛隊としても地域にとけ込み、国民に理解されるための接点を探し求めていた時代でもありました。大雪像3基を制作し、大通会場の観客動員数は約89万人でした。
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第14回

1963年
昭和38年、39年には毎日新聞社の全面的な協力を得て、「真駒内駐屯地スノーフェスティバル」が開催され、広く市民に公開されました。これが真駒内会場が第2会場になるきっかけとなりました。
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第16回

1965年
さっぽろ雪まつり真駒内会場が正式に第2会場となり、大雪像4基、中雪像32基を制作し、真駒内会場の観客動員数は、約137万人でした。
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第34回

1983年
すすきのが正式会場となり、大通、真駒内とあわせ3会場になりました。この年は、大通で大雪像3基、真駒内で大雪像5基・中雪像2基を制作し、観客動員数は、大通会場約141万人、真駒内会場約34万人でした。
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第41回

1990年
中島公園に、新設され4会場になりました。4会場で、雪氷像を348基制作し、観客動員数は、約211万でした。
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第44回

1993年
中島公園の会場が廃止になりました。3会場で、雪氷像を340基制作し、観客動員数は、約204万でした。この年は、雪まつり開催後に、カンボディアPKOに第2次施設大隊派遣や北海道南西沖地震災害に対する部隊派遣がありました。
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第50回

1999年
大通会場に大雪像4基、真駒内会場に大雪像6基を制作し、観客動員は、大通会場約180万人、真駒内会場約40万人でした。

第53回

2002年
大通会場に大雪像3基、真駒内会場に大雪像5基を制作し、観客動員は、大通会場約190万人、真駒内会場約40万人でした。この年に市民への技術協力が始まりました。
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第55回

2004年
大通会場に大雪像3基、真駒内会場に大雪像5基を制作し、観客動員は、大通会場約182万人、真駒内会場約36万人でした。この年は、雪まつり開催後に、第2次イラク復興支援群の派遣がありました。
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第56回

2005年
平成17年2月13日のファイナル・ステージをもって、真駒内会場は、40年に亘る歴史の幕を閉じました。最後に大雪像4基を制作し、約43万人の来場がありました。
真駒内会場40年の歴史で制作した雪像は、大雪像、中雪像約270基、運んだ雪の量は大型トラックで延べ約13万台に及び、雪像制作に携わった隊員は延べ約52万人、入場者数は延べ約2300万人になりました。
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第57回

2006年
前回の第56回で「真駒内会場」が閉鎖になり、この年から大通り会場に大雪像3基のみ制作となった。
観客動員は、大通り会場約181万人、さとらんど会場に18万人 併せて199万人でした。
この年から雪像制作が各部隊のグループ編成となり、各部隊の垣根を越えて「匠の技」の継承が開始された年であった。
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第59回

2008年
大通り会場に大雪像3基制作、観客動員は、大通り会場約190万人、さとらんど会場に26万人 併せて216万人でした。
この年は雪不足のため計画通りに雪輸送が進捗せず、増強輸送隊を投入し、輸送力を増強した。採雪場所は10ヶ所にも及んだ。
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第60回

2009年
大通会場に大雪像3基を制作し、「匠の技」を継承して第11旅団として初の協力でした。第2会場がさとらんど会場から「つどーむ会場」に変わりました。
観客動員は、大通会場約182万人でした。この年は、師団が総合近代化旅団として生まれ変わりました。
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第61回

2010年
大通会場に大雪像3基を制作し、「匠の技」を継承して第11旅団として2回目の協力でした。
今回の雪像は、絶滅の危機にさらされる野生動物を取り巻く地球環境を守るために制作した「北の動物園」、雪まつり至上最高の高さ26mの「フラウエン教会」や大百済展と平城遷都1300年祭が協力しあう記念として「韓国・百済王宮」などを制作した。
好天に恵まれ開催期間中の来場者は、大通会場・つどーむ会場併せて過去最高の約243万人でした。
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第62回

2011年
今回の実行委員会が要望したテーマは、北海道が観光王国として発展・成長していけるようにと願いを込めた「観光王国宣言!北海道」、日本と中華人民共和国の国交正常化40周年を記念した「天壇 祈年殿」、一般には非公開とされており、直接拝観する機会が年に数回しかない「国宝 本願寺 飛雲閣」であり、これら3基の大雪像を大通公園に制作した。
好天に恵まれ開催期間中の来場者は、昨年に並び大通会場・つどーむ会場併せて約242万人でした。
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第63回

2012年
3基の大雪像を自衛隊が制作しました。「雪の水族館~海からの贈り物」は、生命の力強さを伝え、まるで水族館や海の中にいるような、躍動感溢れる海の生き物たちの雪像です。「タージ・マハル」を訳せば「宮殿の王冠」という意味になります。大理石や28種類もの宝石・宝玉がはめ込まれている、世界一豪華な建物を雪で表現します。会津 鶴ヶ城」は福島県会津若松市にあり、戊辰戦争の舞台となりました。このたびの東日本大震災で被災された方々を元気づけようと制作しました。開催期間中の来場者は、約204万人でした。
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第64回

2013年
3基の大雪像を自衛隊が制作しました。「伊勢 神話への旅」は、日本の伝統文化などを世界中の人々に見ていただきたいと思い、三重県の伊勢神宮をコンセプトとした大雪像です。「ワット・ベンチャマボピット」は別名大理石寺院と呼ばれているタイの仏教寺院です。タイ国王が初来日してから60周年を記念し、大雪像を制作します。「歌舞伎座」は東京都にある歌舞伎専用の劇場です。120年以上の歴史が受け継がれた歌舞伎の殿堂を雪で表現しました。来場者数は236万7000人でした。
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第65回

2014年
3基の大雪像を自衛隊が制作しました。「ウインタースポーツ天国、北海道!」は、ソチ冬季オリンピックでの日本選 手の活躍を応援し、2017年に開催される「2017冬季アジア札幌大会」の開催を祝して、さまざ まなウインタースポーツの“選手たちの躍動感”を雪で表現しました。「スルタン・アブドゥル・サマド・ビル」は、マレーシアの首都・クアラルンプールのムルデカ広場(独立広場)前にあり、全長137mにも及ぶ威風堂々た る姿はペトロナス・ツイン・タワーと並ぶクアラルンプールのランドマーク的存在として親しまれています。完全なるレンガ造りの建物を雪で表現しました。「イティマド・ウッダウラ」は、インドの首都ニューデリーより南東約180kmの観光都市アーグラーにある白大理石の建物です。『アイスブロック工法』と言われる独自の技術で雪で作った24種類、約1, 100個もの細かいパーツを貼り付け、細かい箇所まで忠実に再現しました。来場者数は240万2000人でした。

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第66回

2015年
2基の大雪像を自衛隊が制作しました。世界的に有名な映画作品「雪のスター・ウォーズ」、日本文化の象徴ともいうべき「春日大社・中門」を雪で表現しました。来場者数は235万人でした。

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第67回

2016年
2基の大雪像を自衛隊が制作しました。圧倒的なスケールと恐怖感で、国内外で大人気の「進撃の巨人、サッポロ襲来!」及び、東洋と西洋の建築が融合した特長を持ち、世界のカトリック教会の中でも、類を見ない正面の壁(ファサード)を持つ「マカオ聖ポール天主堂跡」を雪で表現しました。来場者数は、242万人でした。

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