私の友人の退官式後の会で、今まで知らなかった世界を知り涙を流すほど感動し、海外でのボランティア活動をしている娘に、その感動と感激を伝え、入隊を強く勧めました。他の企業の入社も決まってからの変更でしたので、喜びと驚きと、これで本当にいいのだろうかという不安もありました。大学時代のボランティア活動では、何回か海外まで赴き、卒業後は留学も含めその方向へ向けていたはずの娘の夢を摘み取ってしまったのではないかと、自衛官を勧めておきながら本当に悩みました。
本人の念願が叶った事をうれしく思っていました。親の私自身も元自衛官であった事もありまして、特に心配な事や不安を覚える事はありませんでした。ただ、あえて申し上げるとすれば、隊内生活での同期達、諸先輩の方々とのコミュニケーションをうまくとり、生活をしていけるか、付き合っていけるのかを若干心配しました。
大きな地震(東日本大震災)の後だっただけに、九州からわざわざ関東の方に出すのはとても大きな不安を感じました。しかし、本人の強い意志を受け止め、親として遠くからではありますが、応援したいと思いました。寮生活や団体行動等の人間関係は大丈夫か。また、今年は節電や水不足などがあり、熱中症等にならないだろうかと心配でした。
本人が小学生のときから海上自衛隊 音楽隊に入りたいという夢がありましたので、夢を叶えようとするその強い意志を尊重してきました。入隊前の不安はなかったのですが、小さい頃からの念願をかなえて海上自衛隊 音楽隊に入隊し、不安や相談事などをたくさんの先輩や指導者の方々にしていると思いますが、同じ部隊に同世代の友達がいないとの事で、その事が心配です。同世代の友達がいたら本人も心強いのでないかと思います。
息子が航空飛行隊への受験を希望した時に初めてパイロットへの夢を聞きました。正直、誰でも夢を実現できる訳ではありませんので、15才での入隊は早すぎると感じ不安でたまりませんでした。しかし、広報の方にも相談し、何よりも本人の強い意志があり、尊重する事にしました。息子の一番の理解者である父親や亡き祖父、家族みんなで応援していこうと決めました。
女性として日本、社会に貢献し、自立する事ができる学校であると考え強く薦めました。しかし、本人の志望というよりは、半ば強要した進学でもあったため、本当に進学(入学)するか、学校生活を維持、継続できるかが心配でした。本人は大丈夫と言っていましたが、消極的な志望であったため不安がありました。また、寮内の人間関係や国の防衛、国際貢献に対して精神的についてゆけるのか、体力面で訓練についてゆけるのかも不安でした。
防衛医科大学への志望を知ったのは、高校2年生のとき、オープンキャンパスに参加したいと知らされたときでした。今まで仕事柄(新聞記者)自衛隊の方々と交流もあったので、まったく不安もなく防衛医科大学へ進学の意思を大歓迎しました。本人もオープンキャンパスの訓練見学で、ますます進学の意思を強めているように感じました。ただ、今までの海外生活や一人娘で甘やかして育てましたのでやはり寮での団体生活に不安な気持ちもあり、心配でした。
助産師になるという目標のためにいろいろと調べていく中で、親類の大きな影響もあり高等看護学院へ行きたいという志望を聞きました。親類に自衛隊に勤務している人がいましたので、学校や指導者の方々への心配や不安はありませんでした。中学、高校と体育系の部活動をしていましたので、精神面でも大丈夫と思っていましたが、一般の看護学校と違う、自衛隊科目の訓練などについていけるのか少し心配でしたが、自分で決めた道・・・頑張って!という気持ちでした。
息子が入校を希望していると知ったときは、少し驚きましたが、私の両親も自衛隊に勤めていましたので少年工科学校(現高等工科学校)のことは知っていました。心配もありましたが、両親に相談に乗ってもらうことで、不安は減っていきました。
ただ、実際、男子学生ばかりの集団で時にはきびしい学校生活を送ったり、人間関係の難しさや、本人が思っていたもの、想像していた事と違う状況になったときに、あきらめずに続けていけるのだろうかと不安でした。
