太宰府天満宮と12頭の牛

 太宰府天満宮境内には麒麟、鹿、鷽、牛といろんな動物が奉納されているが菅原道真にもっともゆかりの深いと思われる牛について話をしましょう。
 太宰府天満宮の境内には多くの牛が置かれている。天満宮と牛の関係については、菅原道真と牛の関係が大きく関係していることは間違いない。
 太宰府天満宮のホームページ等によれば「道真公が59歳の春に亡くなられた時、お亡骸を乗せた牛車が、都府楼の北東(うしとら)の方向へ向かって進んでいたところ、まもなくその牛が動かなくなりました。それを道真公の御心によるものだとして、牛車の止まったところ、当時の四堂のほとりに御遺骸を葬ったそうです。人々は道真公を慕い、お墓の上にお社を建てました。これが現在の大宰府天満宮の始まりだそうです」 「また、道真公は、承和12年(845)乙丑(きのとうし)の歳のお生まれだそうです」
 天満宮は、延喜5年(905)、御墓所の上に祀廟(しびょう)が創建され、延喜19年(919)には勅命により立派なご社殿が建立されたとのこと。


 天満宮はこのように1100年を越える歴史を持つ由緒ある神社であることは間違いない。このように菅原道真が生まれた年や亡くなられた年、また遺骸を運んだ牛車との関係等、牛との関係が深いことからいつの頃からか神使として牛を天満宮で奉るようになったのは間違いないものと思われる。それではいつ頃からこうした牛を奉るようになったのであろうか。
 天満宮に置かれている牛に刻まれた記録を見ると文化2年(1805年)乙丑の年に奉納され、奉納者 博多連中 世話人 西嶋半七祐寛との記録が確認できる。今から約200年前の江戸時代後期の事である。天満宮には多くの神牛象が奉納されており、その姿から結構古いものと思われる石造りの神牛象もあるのだが奉納に関する年代がはっきりしないものが多い。刻印、記録等ではっきりしているものは上記の神牛象のみのようである。
 創建から1100年を越える天満宮の歴史から見ればそれほど古い話ではないようである。少なくても天満宮創建当時から牛が神獣として奉られていたようではないと思われる。


 天満宮の説明者によれば、天満宮境内には12頭の牛がいるとのことであるが、私の捜索では11頭までしか確認ができていない。何度も天満宮に通い捜索に当たったのであるがどうしても11頭しか確認できない。もう1頭はどこに行方不明なのであろうか。
 いろいろ考えた末にたどり着いた結論は、太宰府天満宮には、牛車を引く生の牛が1頭きっといるのである。でも私はこの生の牛を確認できていない。
 普通の神社には、神官が乗る神馬がよく飼われておりよく見かけるのであるが、太宰府天満宮にはいるはずである生牛が見あたらないのである。読者諸兄太宰府天満宮の生牛の居場所を教えてもらえないであろうか。
 12頭の牛がいると確信しているのであるがいかがであろうか。

あと1頭は何処に・・?


 筥崎宮の話から太宰府天満宮へと話が進んできましたが、それぞれの神社には古い歴史に由来する様々な物語が存在しており、これをたどることで地域の文化や現在に至る庶民の暮らしに係わる変化に随分と気づかされることが多く、より一層その地域が好きになるものです。
 「知れば知るほど好きになる。」を合い言葉に、これからもいろんな地域の歴史にふれる散歩を続けていきたいものです。