那覇基地のあらまし
航空自衛隊那覇基地は、南西防衛区域の砦として、我が国の平和と独立を守る防衛任務の一翼を担っています。基地では、隊員が昼夜問わず、一丸となって防空任務、対領空侵犯措置などの厳しい任務についています。また、捜索救難活動、災害派遣等にただちに対応できるように、日頃から訓練に励み即応態勢の維持に万全を尽くしています。那覇基地は、那覇市の中心から南西約6qに位置し、南西防衛区域における唯一の航空基地として重要な役割を果たしています。航空自衛隊の13個の部隊等のほか、陸上自衛隊第101飛行隊及び海上自衛隊第5航空群が混在する特色のある基地です。また、飛行場地区は、国土交通省が管理する官民共用空港であり、長さが3,000m、幅が45mの滑走路を1本有しています。那覇基地司令は、第83航空隊司令が兼務しており、基地施設の管理のほか警備、消防など各種の業務を行っています。
旧海軍砲台跡地
那覇基地の歩み
那覇基地は、昭和8年沖縄県で最初の空港として小禄海軍飛行場として完成(幅200m、長さ700m)。後に、民間飛行機の初飛行(日本航空輸送:福岡〜那覇〜台湾)「那覇飛行場」と改名。管轄も逓信省に移行された。太平洋戦争の勃発により、昭和17年管轄が逓信省から再び海軍省に移る。終戦に伴い、米陸、海軍が駐留し、米軍の那覇基地となる。また、空港も米軍管理下となる。昭和47年4月、沖縄県の本土復帰に伴い、航空自衛隊那覇基地が新設される。なお、那覇空港の管理については、運輸省(現在の国土交通省)の管理となる。
| 同 | 20年 8月 | 終戦、米軍進駐 | ||||||||||
| 同 | 47年 5月 | 沖縄本土復帰 | ||||||||||
| 臨時那覇施設管理隊新編 | ||||||||||||
| 同 | 47年 10月 | 那覇基地開庁 | ||||||||||
| 臨時那覇基地隊 | ||||||||||||
| 臨時第83航空隊 | ||||||||||||
| 沖縄航空警戒管制隊 | ||||||||||||
| 救難隊、管制隊、気象隊 | ||||||||||||
| 警務分遣隊、調査分遣隊 | ||||||||||||
| 同 | 48年 1月 | 対領空侵犯措置開始 | ||||||||||
| 同 | 4月 | 臨時高射訓練隊新編 | ||||||||||
| ナイキ那覇サイト移管 | ||||||||||||
| 同 | 7月 | 米軍から防空任務を引き継ぐ | ||||||||||
| 同 | 10月 | 南西航空混成団新編 | ||||||||||
| 那覇基地隊 | ||||||||||||
| 第83航空隊 | ||||||||||||
| 南西航空警戒管制隊 | ||||||||||||
| 第5高射群 | ||||||||||||
| 南西航空施設隊 | ||||||||||||
| 第1補給処東京支処那覇分室新編 | ||||||||||||
| 同 | 54年 3月 | 航空自衛隊那覇地区病院新編 |
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| 同 | 57年 4月 | 米軍から基地全面移管 | ||||||||||
| 同 | 59年10月 | 第83航空隊改編(那覇基地隊廃止) | ||||||||||
| 同 | 60年 1月 | 南西航空音楽隊新編 | ||||||||||
| 同 | 11月 | 第83航空隊改編 | ||||||||||
| 同 | 第302飛行隊を編入し、第207飛行隊を整理(昭和61年3月) | |||||||||||
| 同 | 63年 4月 | 航空自衛隊那覇地区病院の改編、自衛隊那覇病院となる | ||||||||||
| 同 | 10月 | 中央航空通信群監査隊第4監査班の新編 | ||||||||||
| 平 成 | 3年 2月 | 桃原川の遺跡復元 |
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| 同 | 4年 3月 | 那覇ヘリコプター空輸隊の新編 | ||||||||||
| 同 | 8年 2月 | 第5高射群の改編 | ||||||||||
| 同 | 16年 4月 | 第1補給処東京支処那覇分室の閉鎖 | ||||||||||
| 同 | 17年 3月 | 第83基地防空隊新編 | ||||||||||
同 |
18年 3月 |
合同庁舎落成 |
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| 同 | 21年 1月 | 第83航空改編 | ||||||||||
| 第204飛行隊を編入し 第302飛行隊を百里へ(平成21年3月) |
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