木更津分屯基地に所属する部隊
    組織図

木更津分屯基地の歴史

 昭和11年に木更津海軍航空隊が開隊され、昭和16年に第2海軍航空廠が開庁、終戦後、昭和20年旧国鉄木更津分工場が設立、米空軍補給部隊が接収、その後、昭和31年航空自衛隊に移管され、木更津基地を開設し現在に至っております。
 第1補給処は、昭和29年航空自衛隊補給処として霞ヶ浦駐屯地に発足後、木更津基地の返還に併せて移駐し、昭和31年臨時木更津補給隊を編成しました。
 昭和33年第1補給処として改編され現在に至っております。細部は次のとおりです。
昭和9年3月20日 海軍は、第2次軍備補充計画を策定、第65会議でいわゆる②計画が成立、これに木更津海軍航空隊の名が記載された。
昭和11年4月1日木更津海軍航空隊が吾妻地区(A地区)に開隊
昭和20年8月7日国産初ジェット機「橘花」テスト飛行に成功
昭和20年9月米軍、木更津進駐
昭和20年11月10日D地区の終戦処置終了、運輸省へ移管
昭和20年11月11日第2海軍航空廠(岩根地区(D地区)の施設を活用して、東京鉄道局新小岩工機部木更津分工場を設立
昭和21年8月15日東京鉄道局新小岩工機部木更津分工場正式に発足(自動車修理(関東周辺の国鉄バス) 鋳造部品の製造等の業務)
昭和24年7月31日進駐軍が工場を閉鎖勧告
昭和25年6月朝鮮戦争の勃発によってD地区は米空軍補給部隊が接収し、工場を完全閉鎖
昭和29年9月航空自衛隊補給処(霞ケ浦駐屯地(茨城県土浦市)で編成)
昭和31年9月1日臨時木更津補給隊(D地区)
昭和33年1月10日第1補給処編成完結(D地区)
昭和33年4月16日第1補給処改編(第2補給部新設(海上自衛隊)(D地区))
昭和33年9月C地区米空軍から日本政府へ返還
昭和33年9月29日輸送航空団木更津派遣隊の美保先遣隊到着(C−46)(A地区)
昭和33年10月1日A地区日米共同使用
昭和33年12月1日輸送航空団木更津派遣隊編成完了(A地区)
昭和34年6月1日輸送航空団木更津航空隊編成完了(A地区)
昭和37年10月1日第1補給処第2整備部は、海上自衛隊木更津航空補給処として新編独立した。(C地区)
昭和40年3月末補給部廃止、資材計画部及び保管部発足
昭和43年4月7日輸送航空団木更津航空隊入間基地移駐記念行事(A地区)
昭和43年5月31日輸送航空団木更津航空隊入間基地移駐(現第2輸送航空隊)
平成25年8月1日航空自衛隊第4補給処木更津分屯基地に改編
  現在に至る

      木更津分屯基地の規模
      総面積  約20万4000平方メートル
      隊員数  約280人

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