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平成13年3月に入隊。教育隊は熊谷基地で、体力訓練のほか航空自衛官として必要な基礎知識を修得した。学生時代のスポーツ経験は皆無に等しく、さらに前職で体調を崩してハンデを抱えた入隊だったが、不安はなかったのだろうか。
「今までツライ仕事をしてきた気力が自分の武器。その経験を活かそうと思いました」
教育隊を年長者らしい経験値で乗り越え、3カ月の教育期間を修了。職業別の知識教育や技能訓練を行う術科学校も、そのまま熊谷基地(第4術科学校)に赴任した。職種の第一志望は「興味本位」で気象観測員を選択したが、希望は通らずに電子部品を扱う職種に配属される。2カ月が経過した頃、さらに専門技術を学ぶため、無線器材と有線器材を選択する分岐点に差しかかる。
中学1年生のときにアマチュア無線の免許を取得し、無線の基礎知識はあったものの、松原2曹は敢えて「身近な電話を扱う」有線整備員の道に進むことを決意。そして、基地業務群通信隊整備小隊有線班として、当初の希望通りに入間基地に配属された。
この有線班で、最初に従事したのが先の交換手業務だ。意外にもここで、過去の職業経験が活かされることになる。
「かかってくる電話の本数が多くて疲れることはありましたが、居酒屋で電話の受け答えをやっていたので、言葉遣いは大丈夫でした」
紆余曲折あった自衛官への道のり。しかし過去の職歴は、決して無駄にはなっていない。
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