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入間航空祭
 入間航空祭は、航空自衛隊員の業務への旺盛な取り組みや装備品の展示のため、昭和37年11月18日第1回入間航空祭が開催されたのが始まりです。来場者数は約3万人。その後、開催日は、晴れの特異日といわれている11月3日を中心に選んで行われています。
 来場者数は天候に左右されることが多く、晴天の場合は20万人を越え、記録がはっきりしているものに限ると、過去最大の観客数は第7回入間航空祭(第2回東京航空宇宙ショーと同時開催)の延べ80万人でした。

 第2回航空祭より入間基地の協力団体(航友会)からの推薦で選ばれた独身女性が“ミス航空祭”として、入間航空祭に花を添えています。ミス航空祭のパレードは第3回から実施しています。過去、2日間にわたり入間航空祭が行われたこともありますが、これは前夜祭を行ったためで、前夜祭では慰霊祭やミス航空祭の発表を行っていました。
 入間航空祭で人気が高いのはブルーインパルスの展示飛行です。ブルーインパルスは、宮城県松島基地第4航空団に所属する第11飛行隊です。ブルーインパルスの機体は、初代ブルーインパルスがF-86セイバー、2代目はT-2練習機、そして現在の3代目のT-4練習機と移り変わり、F-86からT-2にバトンタッチしたのは昭和56年で、F-86の引退式は昭和57年2月8日に入間基地で実施されています。
また、現在のT-4練習機になってからブルーインパルスが初めて入間基地に飛来したのは平成8年第29回入間航空祭です。
 今後も、多くの方に航空自衛隊を身近に感じていただくため、入間航空祭は時を刻み続けてまいります。

航空祭のあゆみ
第1回入間航空祭
戦後初の国産飛行機・YS-11、試験飛行に成功
第2回入間航空祭
日米間テレビ宇宙中継受信実験で「ケネディ暗殺ニュース」受信成功
第3回入間航空祭
東京オリンピック開催
第4回入間航空祭
朝永振一郎氏ノーベル物理学賞受賞
第5回入間航空祭・第1回東京航空宇宙ショー
ビートルズ日本公演
第6回入間航空祭
日本初の深夜放送『オールナイトニッポン』開始
第7回入間航空祭・第2回東京航空宇宙ショー
川端康成氏、ノーベル文学賞受賞
第8回入間航空祭
東名高速道路全線開通
第9回入間航空祭
万国博覧会、大阪千里で開催
中止
東京・銀座にマクドナルドハンバーガーの第1号店が開店
第10回入間航空祭
中国政府寄贈のパンダ、カンカンとランラン上野動物園で公開
第4回国際航空宇宙ショー
江崎玲於奈氏、ノーベル物理学賞受賞
航空自衛隊20周年記念
東京・江東区にセブン・イレブン1号店
開店
第11回入間航空祭
沖縄国際海洋博覧会開催
第5回国際航空宇宙ショー
日本ビクター、VHSビデオを発表、発売
第12回入間航空祭
王貞治選手(読売巨人軍)、世界最高記録の通算756号ホームラン達成、国民栄誉賞を受賞
第13回入間航空祭
日大北極点遠征隊、日本人初の極点到達
第6回国際航空宇宙ショー
ソニー「ウォークマン」第1号を発売
第14回入間航空祭
JOC総会の採決でモスクワ・オリンピック不参加を決定
第15回入間航空祭
福井謙一氏、ノーベル化学賞受賞
F-86、2月8日引退式(入間)
第16回入間航空祭
電電公社、初のカード式公衆電話を設置
第17回入間航空祭
任天堂「ファミリーコンピュータ」発売
第18回入間航空祭
植村直己氏、マッキンリーの冬季単独登頂成功後、下山途中行方不明になり、その後米国政府が死亡を認定
第19回入間航空祭
「科学万博一つくば’85」開催
第20回入間航空祭
男女雇用機会均等法施行
第21回入間航空祭
利根川進氏、ノーベル医学・生理学賞受賞
中止
青函トンネル開通
第22回入間航空祭
昭和天皇崩御
第23回入間航空祭
東西ドイツ、統一
第24回入間航空祭
ソビエト連邦消滅
第25回入間航空祭
陸・海・空の自衛隊隊員など1,114名にカンボジアへのPKO派遣命令
第26回入間航空祭
皇太子御成婚
第27回入間航空祭
大江健三郎氏、ノーベル文学賞受賞
第28回入間航空祭
阪神・淡路大震災
第29回入間航空祭
スペースシャトル「エンデバー」に若田光一宇宙飛行士が乗船
第30回入間航空祭
山一証券、北海道拓殖銀行など倒産
第31回入間航空祭
明石海峡大橋が開通
第32回入間航空祭
佐渡トキ保護センターでトキのひなが
誕生
第33回入間航空祭
第27回シドニーオリンピックで女子マラソンの高橋尚子選手が金メダルを獲得し、国民栄誉賞を受賞
中止
米国で9.11テロ発生
第34回入間航空祭
北朝鮮拉致被害者5名帰国
第35回入間航空祭
イラク戦争勃発
第36回入間航空祭
新潟県中越大震災(震災にともない入間航空祭会場縮小)
第37回入間航空祭
兵庫県尼崎市でJR福知山線の上り快速が脱線事故
第38回入間航空祭
秋篠宮紀子さまが悠仁(ひさひと)様をご出産
第39回入間航空祭
防衛庁が防衛省に移行
第40回入間航空祭
洞爺湖サミット開催
第41回入間航空祭
新型インフルエンザの猛威
第42回入間航空祭
尖閣諸島中国漁船衝突事件
第43回入間航空祭
東日本大震災
第44回入間航空祭
山中伸弥氏、ノーベル医学・生理学賞受賞
第45回入間航空祭
富士山が世界文化遺産に決定
第46回入間航空祭
赤崎勇氏、天野浩氏、中村修二氏がノーベル物理学賞受賞
第2回入間航空祭
第3回入間航空祭
第4回入間航空祭
第5回入間航空祭・第1回東京航空宇宙ショー
入間航空祭・国際航空宇宙ショー
昭和41年、第5回入間航空祭は第1回東京航空宇宙ショーと同時開催になりました。東京航空宇宙ショーは、国の長期的航空政策の確立、航空各界の再建・開発の促進、国民的関心を高めるため日本航空工業会、日本航空協会、朝日新聞社が主催したものです。その後、第3回東京航空宇宙ショーから名称を国際航空宇宙ショーに変更し、昭和46年に小牧基地で開催されました。第4〜6回国際航空宇宙ショーは昭和48、51、54年に入間基地で開催されましたが、規模が大きくなってきたため、入間航空祭と同時開催することは運営上難しく、国際航空宇宙ショーとして開催されました。
第6回入間航空祭
入間航空祭の中止
入間航空祭は、昭和46、63年、平成13年に中止になっています。中止の理由は、昭和46年は雫石事故のため自粛、昭和63年は昭和天皇のご病気のため自粛し、平成13年は米国で発生した9.11テロのため全自衛隊の基地の警戒レベルが上がったためです。
第7回入間航空祭
第4回国際航空宇宙ショー
輸送機機種
展示輸送機の機種がC-46からC-1に換わったのは昭和48年の第4回国際航空宇宙ショーからです。そのころのC-1は銀色の機体でした。迷彩色になったのは昭和54年です。
第5回国際航空宇宙ショー
第15回入間航空祭
F-86ブルー引退式
第16回入間航空祭
米軍大型輸送機の飛来
第20、21回入間航空祭には、米軍の大型輸送機等も飛来し、地上展示されています。
カラースモークについて
展示飛行では、ブルーインパルスの航跡をスモークで演出します。そのスモークはオイルの一種です。平成10年までカラースモークを使っていましたが、平成11年より環境等に配慮して白一色に変更になりました。
第39回入間航空祭

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