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昭和20年10月 アメリカ軍が進駐しジョンソン基地となる |
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昭和33年08月 中部航空方面隊司令部設置。入間基地が発足 |
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昭和38年11月 飛行場地区の管理運用がアメリカ空軍から航空自衛隊へ移行 |
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昭和56年06月 国有財産、中央審議会において3分割大綱を答申 |
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昭和57年10月 国有財産、関東地方審議会において3分割最終決定 |
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昭和58年10月 西側管理地区、防衛庁行政財産として管理管轄の変更を完了 |
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現在の入間基地の所在地は、昭和13年(1938)に旧陸軍の航空士官学校が開設された場所です。基地内にある修武台記念館に当時の面影を見ることができます。終戦後は進駐したアメリカ軍がジョンソン基地と名付け、その名前で広く知られるようになりました。

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写真上)ジョンソン基地時代のベースオペレーション前から格納庫、管制塔方向を臨む。 写真右)修武台記念館の入口。昭和16年、当時の陸軍航空士官学校の卒業式に天皇陛下が訪れた際、「修武 台」の名を賜った。 |
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ジェラルド.G.ジョンソンは米空軍第49戦闘群のパイロットとして活躍。25歳の若さで大佐に昇進し将来を有望視されていたが、1945年10月7日 東京湾上空で遭難し亡くなった。ジョンソン基地は彼の名にちなんでいる。 |
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昭和29年(1954)の防衛庁設置法と自衛隊法の公布によって航空自衛隊が創設され、東部訓練航空警戒隊がジョンソン基地に編成されました。陸上自衛隊や海上自衛隊のように前身となる組織が存在しなかったため、自衛隊の創設とともに撤収を開始したアメリカ空軍の防空任務を引き継ぐにあたっては、大変な困難を経験することになります。

昭和33年(1958)、中部航空方面隊司令部が設置され航空自衛隊入間基地が誕生しました。その後、アメリカ空軍との共同使用で基地を維持しながら段階的な移行を行い、昭和53年(1978)に基地が全面的に返還されるに至ったのです。防衛力として機能する部隊の編成や防空システムを自力で運用するという課題を、在日アメリカ空軍の支援を受けながらも短期間で達成した航空自衛隊の基地の一つとして、現在の入間基地は機能しています。

基地周辺は四季折々の自然に恵まれており「狭山稲荷山公園」や「彩の森入間公園」といった市民の憩いの場所が隣接しています。市民の皆様とのふれあいも積極的に行っていおり、年に一度開催される航空祭や花火大会では、施設の一部が一般にも解放されています。

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稲荷山公園
西武線稲荷山公園駅を出てすぐ基地の北西に広がる公園。住民のレクリエーションの場として、また災害時の避難地となる防災公園として計画され、平成14年からは県営公園となっている。毎年3月下旬から4月にかけて約300本の桜が花を咲かせる美しい公園。 |
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| 彩の森入間公園
基地の西側に隣接する公園で、稲荷山公園と同じく昭和56年の「ジョンソン飛行場住宅地区返還国有地の処置の大綱」において県営公園として位置づけられ、平成10年4月に開設された。大小二つの池とそれを結ぶ小川があり、水に親しむことができる公園。 |
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