千歳基地 CHITOSE AIR BASE

千歳基地ホーム >> 基地紹介

基地紹介

千歳基地のあらまし

大正15年に、小樽新聞社(現在の北海道新聞社)の社機である「北海1号」(三菱R22型)を是非近くで見たいとの千歳村民の強い希望により、飛行機を着陸させるため、千歳村民の手により、この場所を開墾し飛行場を造成したのが始まりです。その後、昭和14年から海軍航空隊基地として使用され、昭和20年終戦を迎え、米軍が進駐してきました。昭和29年以降から米軍が他基地へ移駐し、昭和35年には、基地施設の大部分が返還されたものの、昭和51年に全面返還されるまで、米軍の管理下に置かれていました。昭和26年日本の民間航空機の運行が再開され、同年9月に北海道の空の玄関として千歳飛行場として運用が始まりました。

千歳基地の歩み

第2航空団は、昭和31年浜松(静岡県)で国内初の実戦部隊として新編され、翌年、千歳基地に移駐してきました。昭和33年から、対領空侵犯措置(スクランブル)の任務が開始されました。時代と共に戦闘機も更新され、昭和32年F−86,F−86D、昭和37年からF−104J、昭和49年からF−4EJ、昭和58年からF−15J/DJと更新され現在に至ってます。救難機も昭和43年V−107、MU−2が配備され、平成4年にはUH−60J、平成8年にはU−125Aにそれぞれ更新。昭和45年ナイキJが配備され、平成2年からはペトリオットが配備されています。昭和63年から日本で初めての両面管制が行われる新管制塔での運用が開始されました。

 
大正 15年  千歳村民の手により飛行場誕生
昭和 14年  海軍航空隊基地開設
20年  米空軍進駐
26年  千歳空港開設
32年  第2航空団浜松から移駐
同   千歳基地開設
同   千歳警務分遣隊(千歳地方警務隊)
34年  千歳救難隊隊改編
同   千歳管制隊改編
同   千歳気象隊改編
45年  第3高射群編成
62年  第1基地防空群編成(基地防空教導隊)
62年  第8移動警戒隊編成
平成 2年  第3移動通信隊編成
5年  特別航空輸送隊
19年  千歳基地開庁50周年
22年  第1移動警戒隊、第8移動警戒隊統合
同   第1移動警戒隊改編
松島基地 写真